10.彼の闘い。〈後編〉
短めです。
わあああああぁぁぁ! とか、きゃああああぁぁ! といったような、歓声や興奮した黄色い声が決闘場に響き渡って、私ははっと我に返った。
そ……そうだった! ここって……!!
衆人環視の中でなされたリュカの求婚に、私は顔を赤くしてきょろきょろと無意味に辺りを見回してしまう。
その時、少し離れた所で苦笑いを浮かべる王子が見えて、でもその目の奥に走った苦さに、王子の心境が何となく察せられて、私はそっと目を伏せた。
おかげで冷静になった頭で、むっとリュカを見下ろし、私の手を握るリュカの手をぐっと握りしめて、引っ張るようにして立ち上がらせた。
そして、ぼろぼろなリュカに、精霊術で治癒をかけてから、リュカの手首を掴んで急いでグラウンドの出口に向かった。
出口を潜る時、グラウンドの方から「えええええ!!」という不満そうな声や、「返事はああぁぁ!?」といった言葉が聞こえてきたけど、私は無視して足を進めた。もう決闘は終わったんだから、早く校舎に戻りなさいよね!
今日は私もリュカも授業が無いので、そのまま寮に戻ろうと、寮塔へと繋がる廊下を無言で歩いていると、ぐいとリュカの手首を握っていた手が引っ張られ、足が止まる。
どうかしたのかとリュカを振り返れば、リュカは目に涙を溜め、必死な顔で私を見ていて、何事かとちょっと驚いた。
「どうしたの? リュカ?」
首を傾げながら、私がリュカに声をかけると。
「……アリアは、……俺と結婚するの……嫌なの……?」
さっきの落ち着きはどこへやら、ぐずぐずとした涙声で、リュカがそう問いかけてくる。
あ、そう言えばまだ返事をして無かったんだわ。
内心で、間抜けにもそのことを思い出して、私はリュカの方に向き直った。
そうして、私より高い位置にあるリュカの目を見上げながら、にっこりと笑って。
「リュカ、私一応貴族の娘なの」
突拍子もない私の言葉に、リュカが目を瞬かせながらも、うんと頷いた。
「結婚しても、たぶん今の生活水準は落とせないと思うから、それなりに収入のある人じゃないと、結婚相手として考えられないのよね」
その私の言葉に、それに続く言葉を想像したのか、リュカの顔がどんどん泣きそうな悲痛なものに変わっていく。ぎゅっと握り締められた手が震えていて、我ながら意地の悪さに苦笑いをした。
「だから、リュカが無事この学園を卒業して、国軍の大将にまで上り詰めたら、結婚してあげるわ」
悪戯を仕掛けた時のようなにやりとした顔でリュカを見上げれば、リュカは私の言葉を反芻しているのか、しばらく動きを止めた後、ぱあっと顔を笑みに変えて、ばっと私に抱き着いてきた。
「うん! 俺、頑張るよ! アリア! 頑張って国軍大将になる!」
ぎゅっと私を抱き締めながら、髪に頬を摺り寄せてはしゃいだようにそう言うリュカに、私はそれがどれだけ大変かちゃんと分かってんのかしらと、苦笑いを浮かべてしまう。
国軍大将は、国軍のトップにあたる役職だ。それになるには、魔法力や戦闘力、実戦経験その他もろもろ多くのものが求められる。確かにリュカの魔法力は群を抜いてるけど、それでもそう簡単になれるものじゃないんだけど。
本当は、国軍大将だなんて大げさに言ってみただけで、別にリュカが大将にならなくても結婚してもいいと思ってはいるのよ。
ただ、あえてこんなことを言ったのは、しばらく時間を置いて、リュカによく考えてもらうためなのよね。
今回の求婚だって、王子の求婚に釣られて、というか焦った結果にしただけのような気もするのよ。
だから、もうちょっと冷静に、この学園内や外に出て、色んな経験をしたり、色んな人と出会って、そのうえで結論を出してほしいの。
もしかしたら、それまでに他に好きな人ができるかもしれないじゃない。その可能性を、今から潰してほしくは無かったのよ。
それで、お互いに成長して、それでも気持ちが変わらなければ、例え国軍大将になっていなかったとしても、結婚してあげるわ。あ、もちろん収入云々は気にしないわよ。私も働くつもりだし。
未だに私を抱き締めたままのリュカを、横目で見ながら、私は、ズルいこと考えてごめんね、と心の中でそっと謝った。
それでも、どこまでも純粋で寂しがり屋のあなたには、本当に大切な人と幸せになってほしいと、願ってしまうの。




