月光
「弱い自分が嫌いです」
幼い僕はおじさんに言った。
「弱いということは強くなれるということなのだよ」
おじさんは僕の頭を撫でて言った。
僕の所に、夜になると度々おじさんが訪ねてくる。
一日ごとに来るときもあれば、一年してから来ることもある。
「君はトキ子さんにそっくりだ」
おじさんはたまにそう言って笑った。トキ子は僕の母だ。
でも、おじさんは僕の父さんでも、本当のおじさんでもない。
けれど僕は昔からおじさんを知っている。
僕は画家だ。もちろん無名だ。
僕の描く絵はどう頑張っても一般受けしない。
おじさんが
「かわいい女の子を描けばいい。目が大きくてキラキラしている子をだ」
と教えてくれた。
頑張ってみた。セーラー服なら人気が出るだろう。
目を大きくして、スタイルもひょうたんみたくしよう。
描いているうちに気分が良くなって、悪ふざけを始めた。
眼帯、包帯、吊り目がいい。松葉づえも装備させよう。最高だ。
コーヒーを一杯飲んで、昼寝した。
目が覚めてから改めて絵を見ると、やっぱり一般受けしない出来だった。
吊り目が僕そっくりだ。
漫画目を描けるようにならないといけない。
これだからいつもおじさんにお金を恵んでもらわないと生きていけないんだ。
もし、おじさんが死んだらどうしよう。もう誰も助けてくれない。
退屈な夜の暇つぶしが出来ない。生きていても面白くない。
たぶん餓死するだろう。情けない。
絵を売っても15万円にしかならない。
これでは15カ月しか生きられない。
僕はまだ25歳だから、平均寿命の75歳まで生きるとして、50年分はお金がないといけない。
描いた絵はすぐ売ってしまうのだけど、この絵は松葉ちゃんと名付けて、箪笥の上に飾った。
おじさんは本名を教えてくれない。
僕も別段知りたいわけではないので、おじさんと呼び続けている。
しかし、おじさんは教えてもいないのに僕の名前を知っている。
「どうして僕の名前を知っているんですか」
「私が名付け親だから、知らない訳がない」
おじさんはおじさんだけど、本当は誰なんだろう。
僕は漫画を描くこともある。
自分で読み返しても面白くないと思う内容だ。
例えるなら子供が見た悪夢のような内容だ。
自分の漫画を読んで、吐き気がしたこともあった。
でもそんな漫画を受け取りに来る出版会社もいる。
物好きだと思う。しかもちびちび売れているらしい。
社会は病気だと思う。
今は冬。早く春になって欲しい。
春ならザリガニをとらえて、煮て食べられる。
つくしやよもぎなど、食べられる草だって多い。
でも冬は何もない。
わざわざスーパーに行って、食べ物を買わないといけない。
黒っぽいロック風の服を着て行ったら、周囲の視線が痛かった。
僕は世間なんてどうでもいいと常日頃から思っているのだが、吐き気がした。逃げた。
スーパーの隣のユニクロで、無難な服を買い、着替えてスーパーへ行った。吐き気は消えた。
大好きなたまごぼうろを山ほど買った。
これを食べて生きて行こう。
たまごぼうろだけを食べて生きていたら、おじさんに
「君やせたねぇ。血色児童かい」
と言われた。
腹が立ったので返事をしなかった。
次の夜、おじさんがケーキを買ってきた。
「さぁ、これを食べて太れ、月光よ」
月光というのは僕の名前だ。
昔、月光仮面と呼ばれてからかわれた。
ケーキなんてクリームの化けものだから食べなかった。
また次の夜、おじさんが野菜ジュースを持ってきた。
野菜ジュースは大嫌いだ。
もし野菜に虫がついていたとしても、クラッシュされて混ざってしまうから。
僕は陰で憎しみをこめて虫汁と呼んでいる。
「いらないいらない」
「体にいいぞ」
おじさんがしつこいので、口に含んでトイレで吐いた。
放っておいて欲しい。
たまごぼうろを食べるために生きていたら、出版会社から
「画集とコミックスを発売するから、記念にサイン会をしたい」
と命令された。
平和に暮らしたいけど、行かないと社会から抹殺されてしまう。
どうでもいいかと思いつつサイン会をしてしまう。
朝目覚めると何も見えなくなっていた。
典型的なビタミン不足の症状だ。
おじさん、ごめんなさい。虫汁を飲んでおけばよかったです。
虫汁さん、ごめんなさい。今度から野菜ジュースと呼びます。
手探りで冷蔵庫へ行き、しなびた生野菜を貪った。
これでしばらくすれば治るだろう。
治らなかったらおじさんに養ってもらおう。
元気に戻った時には、すっかり夜になっていた。
カーテンの隙間から、月光が差している。
外を見ると、満月が浮かんでいた。
ああよかった。きちんと目が回復している。
たまごぼうろと満月はよく似ていた。