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多様性って?

作者: 池咲ゆき
掲載日:2026/06/12

 最近やたらと耳にする「多様性」という言葉、どんな時に使うことが多いだろうか。


 このご時世で使われる多様性も本来は互いを認め合う為のものであるはずだ。性別・年齢・国籍・人種・障がいの有無などの目に見える身体的な特性から、価値観・経験・思考・宗教観・趣向などといった目に見えないものまで、それこそ多種多様な事物において適用され、他者に危害を加えないということを前提に各々が自身の特性を尊重し、互いの違いを認め考慮し合う考え方であると私は認識している。

 故に不必要な差別をなくし、あらゆる立場の人がより共存しやすい環境を目指そうと広がったはずである。


 しかし現状はどうだろうか。多様性を盾に過剰な配慮を求め、マイノリティを理由に妙な発言を見かけることはないだろうか。

 確かに多数決の様に全体の意思決定には圧倒的に多数派が有利な事象があることも事実である。多くの人が該当するものと、少数の人が該当するものとが対立してしまうことはままあって、その時に少数派の意見が反映されにくいことが多いのは覆しようのない現実である。そういう時にこそ声高に主張すべきであって、日頃やたらに攻撃するために多様性を濫用すべきでないはずだ。そのせいで余計に少数派が忌避される負の循環が起こり得るからである。正当に主張している人を妨害しては、多様性という言葉の意味がない。差別していないといっても、無差別攻撃を多様性に含めてはいけない。


 多様性という言葉がひとり歩きするより前から、「よそはよそ、うちはうち」「みんな違ってみんないい」と言った言葉がある。「あなたも素敵、私も素敵」で「あなたも大変、私も大変」と思えば、苦楽の部分が人によって異なるだけで互いに色んなものを抱えているのだと感じられないだろうか。不幸自慢をする人もいれば幸せアピールをしてくる人もいるように、何をどう切り取って他者に見せているかの違いであって、それがその人の全てとは限らないのだ。

 自分と他人を適切に区別し、互いの尊厳を認め不要な攻撃をしないのが円満な多様性と思うのは私だけではないはずだ。

 

 互いに適度な配慮を心がける事ができれば、毎日は少し円滑になるかもしれない。

 「私は持っていないのだから配慮してよ!」という気持ちもあるやもしれませんが、配慮すべき多様性を主張するなら「持ってる人がいることも念頭に置く」という配慮も同時に必要かと存じます。持ってる人も持っていない人も両方容認されるべきなのが多様性ではないでしょうか。

 殊更SNSは、見たい人・見たくない人・見せたい人・見せたくない人とが雑多に混在しているので、発信する側・受信する側ともに、思いやりと理性と自衛が必要だなと思う今日この頃…叶うなら人に優しくありたいものです。

 そんな私はXもInstagramも興味がわかずアカウントすら持ってないので、そもそも無関係でした…気楽な蚊帳の外から横槍を失礼。私は今日も元気です。

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― 新着の感想 ―
 まあ、仕方ないでしょう。それは多様性を成立させる条件の裏返しなんですから。  両者共存の前提として、自分と他者とどちらを基盤と優先するかの違い。  不足は不足、過剰は過剰、無ければ有るところに助けを…
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