かかってこいや! なんて言ってません!!
サクサク読める前後編です。
お楽しみください。
「へぶしっ!」
本日三人目の挑戦者が、演習場の壁にめり込んだ。
石壁が揺れ、砂埃が舞う。
観客席から歓声が上がった。
この状況は一体何事かですって?
その説明をする前に、まずは私自身についてお話しいたしましょう。
私はライザ・ハンプトン。
北方を治めるハンプトン辺境伯家の長女です。
北の大森林には数多くの魔物が生息しており、辺境伯領は常にその脅威に晒されています。
我が家は代々、その防衛を担ってきました。
そして私は将来、その辺境伯家を継ぐ予定です。
歳の離れた弟もおりますが、あちらは内政向きです。
頭脳明晰で優秀ですが、残念ながら武芸の才能には恵まれませんでした。
本人もそれを理解しており、将来は私を補佐する立場になるべく勉強に励んでいます。
さて。
そうなると問題が一つ生じます。
辺境伯家を継ぐ私の隣に立つ人間です。
夫となる者には、当然ながら一定以上の力量が求められます。
別に私より強くあれとは申しません。
ですが、背中を任せられない相手では困ります。
魔物との戦いが日常である辺境伯領で、肝心な場面で頼れない相手を伴侶に選ぶわけにはいかないのです。
そこで私は王立学園に入学すると同時に婚約者探しを始めました。
最初の半年は、おとなしくしておりました。
動きやすい服装も封印。
鍛錬も人目につかない場所で実施。
それはもう、楚々とした辺境伯令嬢を演じ続けましたよ。
その結果――
気が付けば私は学園でも有数の優良物件として扱われていたのです。
将来の辺境伯であり、婚約者もいない。
見た目についても、それなりに評価はされているらしい。
我ながら条件だけ見れば悪くありません。
人気が出るのも当然でしょう。
問題は、その後でした。
半年が経過したある日。
私は婿募集の条件を公表しました。
それは、ただ一つ――
私の背中を任せられる男であること。
それだけです。
すると学園中の男子生徒たちが、私に挑戦すべく一斉に演習場へ押し寄せてきました。
なぜ私が腕試しの挑戦を受ける羽目になったのでしょう。
実は、今でもよく分かりません。
「ライザ様! 本日三人目の回収が終わりましたわ」
隣でシャーロットが報告する。
子爵家令嬢にして私の親友であり、側付きでもある人物だ。
「ご苦労様ですわ」
「修繕担当の先生が泣いておられました」
「それはお気の毒ですわね。今度辺境伯領名物セットをお届けして差し上げましょう」
「キャタピラー饅頭とスライムクッキーですか……」
シャーロットが「あれはあまり人気がありませんのに……」などとブツブツこぼしているが、私はそれどころではない。
頭が痛かった――――
私は挑戦を受けているだけなのに。
壁にめり込むかどうかは本人次第である。
観客席では今日も新聞部が何やら騒いでいる。
嫌な予感しかしない……
「また記事になるのでしょうか」
「おそらく――」
「今度は何ですの?」
「今月の挑戦者、飛距離ランキング特集だそうです」
「……学園新聞は暇なのですか?」
「大人気企画だそうです」
納得できない。
私は真面目に婚約者を探しているのである。
それなのに、なぜ演習場が娯楽施設のような扱いを受けているのか……解せない。
私はため息を吐く。
「もう少し気骨のある方はいませんの……」
「学生相手に何をおっしゃっているのですか」
シャーロットが呆れた顔をした。
「ライザ様基準で考えてはいけません」
「ですが、この程度では辺境伯領でやっていけませんわ。発情期のゴブリンの方がまだ手応えがありますもの」
「辺境伯領基準で学園を見てはいけません。それと生徒と発情期のゴブリンを比べるのもいかがなものかと……」
まあ、もっともな意見だった。
そんなやり取りをしていると、観客席の一角が妙に騒がしくなった。
何事かと思って視線を向ける。
集まっていた生徒たちが左右へ下がり、その間を一人の男子生徒が歩いてきた。
陽光を受けて輝く金髪に、王族らしい華やかな顔立ち。
周囲の視線を集めることにも慣れているのだろう。堂々とした足取りで演習場へ降りてくる。
見間違えようもない。
「第三王子ですわね」
「第三王子ですわね」
私とシャーロットの声が重なった。
エドガー・アルトリア第三王子。
なるほど――
身分だけなら本日の挑戦者の中で最高位だろう。
もっとも、試合では関係ないのだが。
王子は演習場中央へ進み出ると、おもむろに剣を抜いた。
「ライザ・ハンプトン嬢!」
よく通る声だった。
「はい――」
「本日は私が相手だ!」
「そうですか……」
「我が剣技、とくとその目に焼き付けるがよい!」
観客席が盛り上がる。
王子は満足そうだった――
どうやら決まったらしい。
「では参る!」
身体強化魔法を発動――突っ込んでくる。
学園生として見れば十分な実力者なのだろう。
少なくとも、これまで壁にめり込んだ方々よりはずっとましである。
だからといって結果が変わるわけではない。
私は正面から迎え撃った。
王子の剣筋を見極めながら踏み込み、身体強化魔法で加速した一撃を叩き込む。
「がっ――」
次の瞬間――
王子の体は美しい放物線を描きながら演習場の端まで飛んでいった。
そのまま勢いよく石壁へ激突し、鈍い音とともに壁へめり込む。
観客席から上がっていた歓声がぴたりと止んだ。
誰もが壁に埋まった王子と私を見比べている。
やがて数秒ほどの沈黙を破ったのは新聞部だった。
「記録更新だ!」
「誰か距離を測れ!」
修繕担当の先生が頭を抱えた。
シャーロットは空を見上げた。
私は小さくため息を吐く。
「何をしに出てきたんでしょうね」
「王子相手にその感想はいかがなものかと思います」
「見かけ倒しってこのことね」
「まあ……王子さまですから」
遠くで救護班が王子を回収している。
私はその光景を眺めながら思う。
もう少しだけ――
背中を任せられるような相手がいてもいいのではないか、と。
◇
第三王子を壁へめり込ませた翌週。
私は王立学園始まって以来の大騒動に巻き込まれていた。
「どうしてこうなりましたの?」
目の前の学園新聞を見ながら問いかける。
机を挟んで向かいに座るシャーロットは、一切同情していない顔で答えた。
「順当な流れではないでしょうか」
「どこがですの!」
「ライザ様が毎週のように男子生徒を吹き飛ばしておられるからです」
「私は挑戦を受けているだけです!」
「その結果、学園中が盛り上がっております」
学園新聞の一面には大きな見出しが踊っていた。
『ライザ様婿候補決定大乱闘戦『かかってこいや!!』開催決定!』
誰が許可したのでしょう。
――それに、誰が『かかってこいや!!』なんでしょうか!?
記事を読み進める――
どうやら生徒会主催。
学園側も承認済み。
演習場を貸し切り、参加希望者による大規模模擬戦を行うらしい。
最後まで残った者が勝者。
そして勝者は私への挑戦権を得る。
「ここまではまだ理解できますわ」
「……分かるのですね――」
「問題はこちらよ――」
私は記事の中央を指差した。
『なお、ライザ様も最初から先陣切って参加!!』
「なぜ私まで参加することになっていますの?
それに、先陣なんて切る気ありませんわよ」
「そちらの方が面白いからでは?」
「私の婚活の話ですわよね?」
「学園の大半はお祭りだと思っております」
本当に…頭が痛かった――
何度も言うが、私は真面目に婚約者を探しているだけである。
腕試しの挑戦すら不本意なのに、いつの間にか祭りになっているのは納得できない。
もっとも――
記事を最後まで読むと、少しだけ興味を引かれた。
今回の大会では、刃をつぶした模造剣使用。
私をいつ狙ってもよい――私を倒せば、即座に婿候補。
他の参加者を狙ってもよい。
誰とどう戦うかは自由。
最後まで残った者が勝者。
――なるほど。
少なくとも正面から突っ込んで吹き飛ばされるだけの挑戦者よりは、多少見どころがあるかもしれない。
「参加者は何人ですの?」
「現時点で五十七名だそうです」
「多くありません?」
「ライザ様を婿入り先にしたい方は多いのです」
まあ、そうなのかもしれないが、既に三十人以上吹き飛ばしているのに、まだこの数か――
その時だった――
「失礼します」
新聞部の生徒が教室へ入ってきた。
何やらとても大きな紙をたくさん抱えている。
嫌な予感しかしない――
「ライザ様!」
「なんでしょう……」
「大会の生き残り予想表が完成しました!」
「なぜそんなに大きく…」
「盛り上がるからです!」
食い気味の力強い返答だった。
私は何も言えなくなった。
新聞部員は嬉しそうに紙を広げていく。
そこには有力候補の名前と経歴や顔写真がずらりと並んでいた。
騎士家の嫡男。
伯爵家の次男。
平民出身の剣術大会優勝者。
聞いたことのある名前も多い。
「優勝予想最有力は誰ですの?」
少し興味が湧いて聞いてみる。
すると新聞部員は当然のように答えた。
「それはもちろん!ライザ様です」
当然のように言い切られ、私は一瞬言葉に詰まった。
……もちろん、とは何なのでしょうか。
「私が優勝したらどうなるのです?」
「考えておりませんでした!」
……だろうと思った。
シャーロットが顔を覆っている。
にも関わらず、新聞部員はなぜか満足そうに帰っていった。
教室に静寂が戻る。
私は新聞部員が置いていった予想一覧表の縮小版へ視線を落とした。
有名どころの名前が、なぜか倍率順に並んでいる。
どうやら賭け事まで行われているらしい。
もう……頭の痛いのが慢性化しそうである。
その中に、一つだけ見慣れない名前があった。
オスカー (平民)
それ以外の情報はあまり書かれていない。
顔写真は添えられていたが、見覚えは…ない。
整ってはいるが、どこにでもいそうな、特徴の薄い顔立ちだった。
髪は淡い茶色、瞳も同系色で、全体として印象に残りにくい。
良くも悪くも、人の中に埋もれそうな顔だ。
「この方は?」
「存じませんわね」
シャーロットも首を傾げる。
学業成績は上の下。
武術成績も上の下。
特に目立った経歴なし。
新聞部の評価も低い。
正直、有力候補とは思えなかった。
私はすぐに興味を失った――
読みいただきありがとうございました。
後篇も引き続きお楽しみください。
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