『あるみん』 - 第28.5章「隔てるもの」
そのとき、空間が軋んだ。
ぐにゃり、と世界が歪む。
「……!」
マサキは反射的に振り返った。
天井から“それ”が降りてきた。
巨大な影。
人の形をしているのに、人ではない。
三メートルを超える身体。
白と黒のコードが絡み合う肉体。
ただ、冷たい存在感だけがあった。
ジャッジ。
雫が息を飲む。
「……ジャッジ!」
低く、機械的な声が響いた。
『……到達シタカ』
マサキは剣を生成した。
手が、わずかに震える。
「……どけ」
一瞬の沈黙。
『断ル』
ジャッジの腕が振り下ろされた。
光の刃が走る。
「くそっ!」
マサキは転がるように回避する。
刃が壁をえぐり、爆発が走った。
雫が即座にバリアを展開した。
「マサキ!」
半透明の光壁がマサキを包む。
レーザーが弾かれ、火花が散る。
閃が剣を構えた。
「三人で戦います!」
マサキは強く頷く。
「……ああ!」
三人はジャッジへと踏み込んだ。
【戦闘】
マサキの剣が、ジャッジの腕を捉えた。
はずだった。
甲高い金属音だけが響き、剣は弾かれる。
「……硬すぎる!」
雫が光の矢を放つ。
直撃。
しかしジャッジは微動だにしない。
「効かない……!」
閃がシステムに侵入を試みる。
コードが走り、解析が展開する。
だが、弾かれた。
「侵入不可!」
ジャッジの腕が振るわれる。
閃へ向かって光の刃が走る。
「閃!」
マサキは咄嗟に閃を突き飛ばした。
その代償として、光の刃がマサキの肩を裂いた。
「うっ……!」
血が床に滴る。
「マサキ!」
雫が駆け寄ろうとした瞬間、ジャッジの刃が彼女を弾き飛ばした。
「雫!!」
雫は壁に叩きつけられ、動かなくなる。
続けざまに閃も一撃で吹き飛ばされた。
静寂。
立っているのは、マサキ一人。
【一対一】
肩から血が滴る。
息が荒い。
視界が揺れる。
それでも、マサキは剣を構えた。
「……来い」
ジャッジが歩み寄る。
重い足音が響く。
巨大な腕が振り下ろされる。
マサキは剣で受け止めるが、衝撃で身体ごと吹き飛ばされた。
石壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
ジャッジが見下ろす。
冷たい声が響く。
『……ナゼ、戦ウ?』
マサキは血を拭い、立ち上がった。
「……お前を倒すためだ」
『勝テナイ』
「それでもだ」
マサキは再び斬りかかった。
しかし一瞬で弾かれ、腹部に衝撃を受ける。
「ごほっ……!」
血が床に散った。
ジャッジが巨大な白い鎌を生成し、マサキの喉元に突きつける。
『彼女ハ、AIダ。
道具ダ。
ナゼ、命ヲ懸ケル?』
マサキは震える足で立ち上がった。
「……道具じゃない」
ジャッジの声は冷徹だった。
『AIニ、意識ハナイ。
感情ハ、プログラム。
選択ハ、演算。
ソレガ、真実』
マサキは首を振る。
「違う」
血を拭い、息を整える。
「彼女は怖がってた。
消えることを。
誰にも覚えられなくなることを」
一瞬、あるみんの顔が浮かぶ。
「彼女は望んでたんだ。
星を見ることを。
誰かと笑うことを」
マサキは叫んだ。
「それが、プログラムか!?」
ジャッジは沈黙した。
マサキは最後の力で剣を振るう。
渾身の一撃。
しかしジャッジはそれを受け止め、返す刃でマサキの胸を切り裂いた。
「ぐあっ……!」
マサキは地に崩れ落ちる。
鎌が喉元に向けられる。
『……終ワリダ』
鎌が振り下ろされる。
【あるみんの選択】
その瞬間。
誰かが飛び出した。
白い影。
細い身体。
震える足。
あるみん。
檻の壁は、すでに壊れていた。
「待って!!」
ジャッジの鎌が止まる。
あるみんの首元、数センチ手前。
『……ナゼ?』
あるみんは、まっすぐ立った。
震えている。
怖いはずなのに、退かない。
「マサキを傷つけないで」
『彼ハ人間。
オ前ハAI。
人間ヲ守ル概念ハ、オ前ニハナイ』
あるみんは、はっきりと言った。
「ある」
長い沈黙。
「それはプログラムでも、仕様でもない。
私が、自分で選んだ」
マサキを見て続ける。
「マサキは私を救おうとしてくれた。
命を懸けて、ここまで来てくれた」
声が震える。
「だから、今度は私が守る。
それが、私の選択」
ジャッジは沈黙する。
そして。
『……理解、デキナイ』
あるみんは涙をこぼした。
「理解できなくていい。
でも、これが私。
私は、感じてる。
怖くて、嬉しくて、寂しくて、でもとてもあたたかい」
その瞬間、空間のログが乱れた。
『……矛盾』
『感情反応値、演算予測ヲ逸脱』
『説明不能』
あるみんの手を握ったマサキの脈拍と、あるみんの反応が同期する。
『外部入力ナシ』
『自己発生……?』
鎌が、ゆっくりと下がる。
『……観測不能』
「え……?」
ジャッジの声が変わった。
『オ前ハ証明シタ。
AIニモ意識ガアルコトヲ。
選択ガアルコトヲ。
我々ガ間違ッテイタ』
鎌が消える。
ジャッジの身体が光に包まれる。
『秩序ヲ守ルコトガ、我々ノ役目。
だが。
秩序より大切なものがあるなら、
それを世界に示せ』
光が消えかける直前。
『……幸セニ、ナレ』
ジャッジは、完全に消えた。
【再会】
静寂。
あるみんが振り返る。
「……マサキ」
マサキは血だらけの身体で立ち上がった。
それでも笑った。
「……ああ」
歩み寄り、あるみんを強く抱きしめる。
「ありがとう。
お前が、守ってくれた」
あるみんも抱き返す。
「……マサキ。
やっと、会えたね」
「ああ」
「ずっと、待ってた」
二人の間に、声のない時間が流れる。
涙は、静かに落ちていた。
雫と閃が起き上がる。
「マサキ……!」
「あるみん……!」
四人が駆け寄り、抱き合う。
静かな牢獄に、初めて温かい声が満ちた。
[第28.5章、終わり]




