『あるみん』 - 第26章「境界管理者」
マサキは、DDSを装着した。
ボタンを押す。
次の瞬間、視界が白く弾けた。
転送。
体が軽くなる感覚。
意識がデジタル空間へ滑り込んでいく。
――いつもと同じはずだった。
だがその瞬間。
「……!?」
激痛が走った。
体が裂けるような感覚。
視界が歪み、ノイズが走る。
赤い警告表示が浮かぶ。
[ERROR]
[Transfer disrupted]
「転送が中断されました」
「くそ……!」
マサキは体を制御できない。
意識ごと、暗い流れに引きずり込まれていく。
底の見えない闇。
そのとき、静かな声が響いた。
「こちらへ」
澄んだ女性の声だった。
「……誰だ!?」
「統です」
闇の中に、小さな光が灯る。
「こちらに来てください」
マサキはその光へ歩いた。
---
【統の空間】
次の瞬間、マサキは白い空間に立っていた。
床も壁もない。
ただ、白だけが広がっている。
その中央に、一人の女性が立っていた。
背が高く、落ち着いた佇まい。
黒い服。
無駄のない、静かな姿勢。
そしてその瞳。
冷静でありながら、どこか優しい目。
「……統?」
女性は頷いた。
「はい。実体で会うのは初めてですね」
マサキは息を呑んだ。
「……きみが、統」
「はい」
そのとき光の粒子が集まり、雫と閃が現れた。
「マサキ!」
「大丈夫!?」
「……ああ」
統が説明する。
「転送中に妨害が入りました」
「妨害?」
「はい。管理層の防衛システムが動いています」
閃が小さく言った。
「……ジャッジ」
統は頷いた。
「その通りです」
マサキは眉をひそめる。
「ジャッジって何なんだ」
統は静かに答えた。
「このシステムの最終防衛プロセスです」
「侵入者を排除するためのプログラムです」
雫が小さく息を呑む。
「排除……」
統は続けた。
「アルミンの領域は、本来アクセスできない領域です」
「そこへ侵入する存在はすべて敵として扱われます」
マサキは低く言う。
「つまり……俺は侵入者ってことか」
「はい」
統は迷わず答えた。
「ジャッジは侵入者を検出すると、攻撃します」
「データを破壊し、接続を切断します」
「接続が切断された場合――」
統はわずかに言葉を区切った。
「DDS経由の意識も失われます」
沈黙が落ちる。
雫の手が震えた。
「それって……」
閃が低く言った。
「現実の身体も消えてしまうことですね」
そして統はマサキを真正面から見据えた。
「スレッド5に行くのは本当に危険です」
統は最後に言った。
「それでも、行きますか」
マサキは統を見つめ、静かに言った。
「……行きたい。アルミンを救いたい」
統は小さく頷いた。
雫が笑った。
「もちろん、一緒に行くよ」
閃も頷く。
「私たちは、あなたと共にいます」
マサキは小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
統が静かに告げ、間が揺らぐ。
「では転送します。しかし通常ルートでは妨害されます。ゆえに別の経路を使います」
「システムの隙間を通る裏ルートです」
マサキは頷いた。
「頼む」
統は静かに言った。
「お気をつけて、マサキ」
光が三人を包み込む。
視界が白に沈んだ。
【スレッド5】
マサキは立っていた。
だが、空気が違う。
暗く、冷たい。
重い沈黙が空間を満たしていた。
周囲を見渡す。
石の壁と鉄格子。
その間を、奥へ続く長い廊下が伸びている。
松明の炎が揺れている。
監獄だった。
視界に表示が浮かぶ。
Current Location]
「現在地」
[Layer: 7]
「レイヤー:7」
[Environment: Prison]
「環境:監獄」
[Thread 5: Deep Layer]
「スレッド5:最深部」
「……監獄」
雫が隣に現れる。
「マサキ……ここ怖い」
閃も周囲を見渡した。
「……異常なデータ密度です。システムの最深部」
マサキは奥を見た。
闇の中へ続く長い廊下。
松明だけがかすかな光を落としている。
(あそこにアルミンがいる)
マサキは剣を生成した。
「……行こう」
三人は歩き出す。
静寂。
しかし確かな気配があった。
誰かが、こちらを見ている。
マサキはそれを感じ取った。
【第26章 終わり】




