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にゃんこ流 佐々木道場!

作者: ONEUMA
掲載日:2026/01/28

とある街の外れに、さびれて誰も来なくなった道場がある。

看板の文字は半分剥がれ、戸はきしんで音を立てた。

だが中に入ると、床に埃はなく、竹刀だけが不自然なほど真っ直ぐ並んでいる。


そこに老爺がひとり、座っていた。

頬を伝って涙が一筋こぼれ落ちた。


ーーーーーーーー


天堂市は全国的にも珍しく、剣術に特化した市だ。

学生たちに人気の部活は野球でもサッカーでもなく「剣道」。

道場は市内にいくつもあり、道着姿の子どもたちが夕方の商店街を歩く光景も、ここでは日常だった。


特に今年の天堂市立八代小学校と船津小学校の対抗戦は、大きな盛り上がりを見せていた。


その理由は、県内一の剣士と言われる伊藤宗也が出場していたからだ。

スラリとした高身長に、切れ長の目。防具を外した瞬間、観客席から黄色い声が湧き上がる。見た目だけじゃない。船津小の主将として、宗也はこれまで一度も負けたことがない。


そして観客の興味はただ一つ。

宗也率いる船津小が、八代小をどれだけカッコよく叩きのめすか。

八代小はというと……今年のメンバーは、どう見ても“挑戦者側”だった。


沖本太一は八代小の大将だ。

八代小はここ9年負け続けている。耳が痛い話だが、もはや対抗戦の意味はあるのか?という声も周囲から聞こえてきていた。


八代小の今年のメンバーはまさに寄せ集め。

経験不足。初心者軍団だった。五人の組を作るので精一杯。運の要素の無い剣の世界で船津に勝つ可能性は万に一つも無かった。


だが、太一はなんとかしたかった。自分だけでもあの高慢な宗也の鼻っ柱を折ってやるような活躍がしたい…。


太一にとっては昨年のリベンジでもあった。次鋒戦において、あの宗也に完膚なきまで叩きのめされていた。

勝負がついたあとのあの上からの舐めた目線、冷笑。今でも心に焼き付いていた。



太一は身長も低く、丸顔でどちらかというといじられる方のキャラで通っていた。

宗也とは正反対だ。

太一の家は裕福ではなく、宗也のいるような一流の道場には入れず、町内会のおじさんに毎週稽古をつけてもらっているだけだった。

それでも、毎朝毎晩素振りだけは欠かさない。人一倍努力を重ねることはやめなかった。奇跡を信じて…。


そんな日曜の稽古帰り。

太一は小石を蹴りながら道を歩いていた。


(くそぅ…こんな稽古の仕方じゃ来月の対抗戦で勝てる気がしないよ

おじさんが経験者なのはわかるけど有段者でもないし、ましてや宗也に勝つなんてさ…)


はっ。


ふと顔をあげると、いそいそと小走りに去ってゆく少女がいた。


(あっ、佐々木小町だ…)


それはクラスメートの一人だった。

それだけの存在ではない。男子からの人気は一番。

活発で、運動神経抜群。成績もよく、何より可愛かった。

太一は気づいていないだけで、彼にとっても微かに惹かれる対象だった。


それが、目の前を走り去る。

いつもは長く下ろしている髪を後ろにまとめてポニーテールにしていた。

太一はドキドキしながらなんとなく彼女の曲がっていった先に目をやった。


(…誰もいない)


気のせいか?

確かにあれは小町だったが。




「太一じゃん」


えっ。


上を見上げると、塀の上から小町が見下ろしていた。


「何してるの?うちに何か用?」


「うち?ここお前んちなのか?」


「そうよ、知らなかったの?道着着てるじゃん、道場の帰り?」


「…道場じゃないよ、うちは道場行けないんだよ」


「…どういうこと?」


「うちは道場行けるだけのお金がないんだよ!こんなこと言わせるなよ」


「なんだ、そんなの

ちょっと表に回りなさいよ」


小町は首で合図してみせた。


ずいぶんと広い敷地で、表の正門まで回ってみると。そこは明らかに道場だった。


ただ…ボロい。なかなかにボロい。


掲げられていた看板も、読めるには読めるが、年季が入りすぎていて字がわずかに消えかけている部分もあった。


「にゃんこ流…佐々木道場」

「…にゃんこ流?」


明らかに怪しい匂いがした。

まず流派というものは一刀流しかり、示現流しかり、漢字二文字で表すものだ。

『にゃんこ流』とは…?


だが、そこまで勘を巡らすには太一は幼すぎた。まだこどもの太一にはその言葉はむしろ魅力的に感じられた。


ドタドタ…走ってくる足音がする。


「よく来たわね、ここはうちのおじいちゃんの道場なの」


来るなり仁王立ちする小町。


「あ、そうなんだ」


「まあ、最近は人気ないんだけどね…」


(最近というか、聞いたことないぞ?)


「貴様か、我がにゃんこ流の門戸を叩くものは」


声の主は廊下の先にいた。

髪は白髪のオールバックで、後ろで結い合わせている。

長い顎髭。痩せてはいるものの頑強そうな体つき。太一から見ると本で見た仙人にしか見えない。


「ふ、小僧にしか見えぬがなかなか目の付けどころのよき奴よ師範であるわし自ら指導して進ぜよう」


「押忍!お願いします!」


道場の中へ入ると、意外に綺麗にされていた。

小町が掃除担当なのかもしれない。


「まずは構えてみよ」


太一はオーソドックスに中段に構えてみせた。


「なんじゃ、全然だめじゃな」


「えっ、どこがですか?」


「そのやる気がじゃ」


佐々木翁は竹刀でピシャリと床を打った。


「みなぎる闘気と言えば聞こえはいいが、それじゃただの力の入りすぎじゃ」

「相手が居ると思って、やってみい

貴様のその『力み』の分だけ1歩目が遅れるんじゃわい」


なるほど、と納得する太一。


「にゃんこ様を見てみい」


(えっ?)


「にゃんこ様はいつでも自然体、どこでも動けるように力が抜けきっておるわ」


(そうなの?)


「筋肉が硬直する、それ即ち遅れ

一対一の闘いにおいてはどう考えても不利じゃ」


「あの〜猫の喧嘩ってめちゃくちゃ力入ってるように見えるんですけど…」


「…猫とはなんじゃ?」


「え?」


「にゃんこ様と呼べ

その呼び方以外、許さぬ」


「あ、すみません」


「戦争状態となると話は別じゃ

乱戦となってしまうと、どこから攻撃が飛んでくるかわからぬし」

「スポーツのようにルール上の戦いということになると、狩りがそれに近い」


(そういうもんか)


「さぁ、もっとのんべんだらりと構えるのじゃ

どうしても難しいようなら、腹にだけなら力を入れても良いぞ」


「やってみます…!」


太一は言われた通りやってみる。


「…小僧、やるな

そこから打ち込んでみるのじゃ

良いか?足の踏み込みが大事じゃからの」


ズドッ!


「…あ」


ズダッ!!


「師匠、なんか早くなった気がします」


顎髭をしょりしょり触る佐々木翁。


「そうじゃろそうじゃろて、感謝せよ、にゃんこ様に」

「今度はそのまま突いてみよ」


「突き…ですか?」


スダッ!!


「ふ、だめ…じゃな」


「どこがでしょうか?」


「にゃんこ様の動きを見よ、獲物のところに一直線じゃ

少しも無駄な動きはない」

「貴様はなんじゃ?目標に到達する前に、右へ左へずれ過ぎじゃ

それ即ち遅れへとつながる…」


「なるほど…!」


「わかったら意識してやってみよ」


「はいっ!」


ズダッ!


「迅雷…」


ズダッ!!


「霹靂…」


ズダッ!!!


「光陰矢の如し…」


(最後のはちょっと違う気がするけど…)


「どうじゃ?ずいぶん違うじゃろ?」


「師匠!わかったような気がします…!

ありがとうございます」


佐々木翁は満足げな様子で顎髭をさすさすしている。


「突きだけではない、上段からの面

これは明らかに、にゃんこ様の猫パンチの動きを模した動きが理想となっておる」


「猫パンチ…」


「よいよい、今日はもう遅い、明日からまた稽古に来い」


太一は嬉しかった。ついにしっかりとした指導を受けさせてもらえる、しかもこんなやり方は宗也もやったことがないはず…。


玄関口では小町が待っていた。


「どう?参考になった?」


「ありがとう!すごく良かったよ

小町は剣はやってないの?自分の家にこれだけすごい先生がいるなんて、うらやましいよ」


小町も褒められて嬉しそうだ。


「そう、良かった

あたしはやらないかな…

まあ興味が無いわけじゃないんだけど…」


「にゃんこがどうとか、意味がわからないんだもの」


「……」

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