GP06 「枕」
部屋のドアをノックするけれど反応は無い。この時間までトゥエルブが起きてこないのは、この短い生活では初めてだった。
昨日、Darlingを中破させて半泣きだったのを思い出す。並々ならぬ愛情を注いでいるのは知っていたが、まさかそれほどとは。
仕方なく立ち去ろうとするとドアが開いた。ケロッとした顔でトゥエルブが隙間から覗いている。
「何?」
「飯、要らないんすか?」
「あー、要る」
そのまま寝巻きのまま出てきたトゥエルブが、ドアを開けっ放しで廊下を歩いて行った。
チラリと部屋を覗くと、本や工具が乱雑に床に置かれている。なんの本かは分からない。
見なかった事にしてドアを閉めて、相変わらずぼーっとしているトゥエルブの世話をする。
とは言えやる気が無いだけで、何かあれば普通にキビキビ動くので、扱いが分からない。
ロギが皿を洗いながらトゥエルブに声をかける。
「この後メンテね」
「はーい」
なんだろうと気になっていると、皿洗いが終わったロギが工具箱を持ってきてトゥエルブの横に座った。
脇腹の皮膚が開かれると、GPのフレームみたいな機械が詰まっている。
「え?」
ロギが布巾とドライバーで弄り、中から筒状のボトルを取り出す。中のオイルを抜いて、新しいオイルを入れてトゥエルブの中に戻す。
「ガチ?」
古くなったオイルの匂いが鼻をつく。
「内臓は入ってるよ。趣味でこんな事して罰当たりだって言ったんだけどね」
「だからちゃんと、元の肉体は寄付したじゃん」
「ま、倫理の話なんて、今じゃ気にしてる人の方が少ないけどね」
皮膚を閉じると、まるで夢だったかのように人間に見える。いや、実際人間なのだろうが。
人間のフェチも、極まるとこうなるのかと関心する。
「そうだシュリ。今日もお使い頼むわ」
メモを眺めながら部品市場を回る。ロギに任されて一人で買い出しをすることになった。
現金では無く、ロギの名前の書いた紙を渡せばいい。
GP本体とは関係ない細々としたコンピュータ用のパーツを探していると、後ろから声をかけられた。
「…なぁ、お前か?」
振り返ると、あの時OSを盗みに行った時のリーダーが居た。
「リーダー」
「もうお前のリーダーじゃねぇよ。生きてるんだな」
「うん」
リーダーの服は相変わらずだった。対する自分は少し汚れているとは言え、ちゃんとした作業着を着ている。
あの時はお互い、名前なんてなかった。シュリも、ロギが適当に付けた名前だ。リーダー以外の呼び方は知らないし、リーダーも俺の名前なんて知らない。
「その様子じゃ、働き口があったんだな…お前は1番冷静だから、上手くやれるとは思ってたよ」
「リーダーは?」
「俺は相変わらずって所。まぁ新しい子分も居るし、上手くやってるさ」
「そっか」
あの時、リーダーが俺にOSを渡したのは、俺なら上手く金にすると踏んでのことだった。
実際上手くいったが、それは運が良かったに他ならない。
「…そうだ!良かったら俺が、リーダーも働けないか聞いてみようか?」
同情のつもりだった。俺がここまで来れたのは、間違いなくリーダーのおかげだったから。
でもリーダーは首を横に振った。
「気にすんなよ。俺は俺で上手くやってるって!」
そう笑うリーダーは、俺の記憶よりも痩せていた。俺は今、どんな顔をしているんだろう。あの時よりも肉付きが良くなってきて、髪の毛も洗うようになった。
「あの機械、いくらで売れたんだ?」
「…いや、あれを渡す条件で働かせて貰ってるよ」
「なるほどな、そういう使い方もあるのか…次盗んだ時に参考にさせてもらうぜ」
リーダーの背後に一人の子供が寄ってくる。同じく痩せていて服はボロボロだ。
スタジアムで見た、綺麗な服を着た子供を思い出した。
「じゃ、頑張れよ!」
「…あぁ」
リーダーの背中を見送っている間動けなかった。今だって、ピボットゲームにワクワクしているけれど、あの時が不幸だとは今も思わない。
命を賭ける事が楽しかったから。
帰ってからまたInsightの調整をする。コックピットに乗って起動し、ロギの合図を待った。
「4番動かしてみて」
「はい!」
指定された入力をする。右腕のフレームが動く。また指定された別の入力をして、今度は左腕が動いた。
[悪くないな]
「俺が選んだんだからな」
そう言いながら、頭の中はリーダーの顔が浮かんだ。
俺は、この生き方を選んだんだろうか。そんな権利があったとは、振り返っても思えない。
「なぁ、サイトウ」
[なんだ]
「サイトウはさ、人間になりたいとかあるの?」
[無い]
「なんで?」
[この箱の中だろうと、俺の矜恃は変わらない]
「…そういうもんか」
ロギの声が聞こえる。
「おーい!5番!」
「あ、はい!」
下半身のテスト稼働も終わり、コックピットから降りる。具体的な実戦データは取れないから、後はぶっつけ本番だ。
サイトウ曰く、俺次第らしい。
「お疲れ、今日の仕事はもう無いから、後は自由にしてていいよ」
「うす。お疲れ様です」
「…何意気込んでんの?」
働く事に有難みとか、そういう奴を感じたかった。今こうして普通に寝床と飯がある生活が、勝ち取った物なのだと思えない。
明日突然捨てられても、普通に生きていけるような気がしているからだ。
俺の中で少しずつ、俺への違和感が募っていく。
地に足着いたInsightと、横にDarlingが並んでいる。初めて来た時よりも狭くなった工場を見渡す。
「シュリ!ちょっと来て」
ロギに呼ばれて休憩室に入る。ロギがパソコンの画面を見せてくれる。
俺のピボットゲームの参加抽選が当選した。
「いいタイミングだね。トゥエルブも出るし」
勝ち取った。そう言えば聞こえはいいけど、実際俺は何をした?
盗みに入った工場で拾ったサイトウを抱えていたら、ここまで来た。
そのわけの分からない外側の圧力を、初めて感じ取った。
「…やってやりますよ、ロギさん」
「何を?」
「俺のやる事を、俺自身で掴み取ります」
もう、自分で動いただけ手に入る頃とは違う。その中で、ちゃんと自分の物だと言えるものが欲しい。
「ま、初戦で如何に立ち回れるかだけど、トゥエルブの横に入れば大丈夫っしょ」
「いや、そうじゃなくって、本当に俺自身が」
「よし、明日に備えてもうちょいチェックしますか」
俺の言葉を遮って、ロギはパソコンの画面を暗くした。黒いモニターに反射した俺は、確かにあの時よりも肉付きがよく、そして迷っていた。
「伝説的な英雄だって、親が居なきゃ舞台にも立てない。個々の才能なんて、塵みたいなもんだからさ」
そう言い残して、ロギは部屋を出た。項垂れるように椅子に座り込む。
俺はピボットゲームで腹いっぱい飯が食えるようになりたかった。
なのに今、数日後のゲームを前にして、それが叶っている。
次のやりたい事はなんだ。ピボットゲームて活躍したい。あの舞台に立って、俺が活躍する所を認めてもらいたい。
その為の土台が、ロギが、トゥエルブが、今目の前にある。
目まぐるしく変わる世界で、俺はまだ、生死を賭けて盗むしかなかったあの頃のままだ。
ドアが開いて、トゥエルブが入ってくる。ロギと何やら会話しながらドアを閉めた。
「明日、よろしくね。私デュオはそんな慣れてないけど」
「…よろしくお願いします」
お湯を沸かして、向かいの椅子にトゥエルブが座る。
「飲む?」
「あ、ありがとうございます」
受け取った色の着いた飲み物を飲む。トゥエルブは暗くなったパソコンを見つめて息を吐いた。
「戦争の肩代わりだって分かってるのに、辞められないんだよね」
「…何故?」
「ダーリンの存在意義が無くなるのが怖い」
「でも、戦争兵器ですよ?」
「元を辿れば、本当は宇宙開発の道具。世界大戦が匂ってきて、それどころじゃないけどさ」
「宇宙に行きたいんすか?」
「うーん…別に。でもいつか、ダーリンが宇宙に行くなら、それを支えるのは私がいい」
暗闇を見つめていたトゥエルブが俺を見る。
「だから、Darlingを護って。それがあんたの、掴むべきやる事」
「…いいですね。やってやりますよ」




