GP05 「身体」
人混みから抜け出して駐車場に出る。大きな声で会話する男の人達や、少し俯いてるおっさん。
手元には、Darlingに賭けたチケット。
見事12位で終わらせた時の配信の盛り上がりは最高だった。
何となく記念にしたくて、払戻金を受け取らずにチケットを持って帰る事にした。
「私も初めて当てた券は持ってたなぁ」
「今は?」
「多分ある。はず」
話しながら、ロギは端末を操作する。すっかり夕方の空は、少しずつ黒くなり始めていた。
あの場所に、いつか自分が降りる。そのワクワクが収まらない。
「知り合いに連絡付いたから、こっからフレーム見に行こっか」
「マジで!?」
「いいねぇ、乗り気じゃん」
「もちろん!」
さっきのスタジアムと同じくらい大きな建物にトラックが停まる。すっかり暗くなった外と反対に、中は明るくて鉄の匂いがした。
いつもの工場の数倍の広さのガレージの中に、沢山のGPフレームが並んでいる。
「そいつが新入りか」
話しかけてきた男は腰を下げて俺に目線を合わせてくる。
「ワイはナハト。ロギの先輩やと思ってくれてええわ」
目を細めて笑うナハトは、前髪を上げててっぺんで縛った。
「何系で行く?」
「近接仕様の2脚がいい」
「またロマン思考か?Darlingもそうやったやんけ」
ロギはなんて事ない顔で続ける。
「今度はちょっと違うよ」
「まぁポツポツ新型は出とるで、ゆっくり見てくれ。いや、朝までには終わってくれよ」
「旧世代型は流石に無い?」
「無くはないけど、どうせDarlingの予備やろ?こいつにまで同じの使ってたらすぐ底を尽きるで」
ナハトが歩き出す。後ろをロギと一緒に付いて行く。
1機目のフレームの前に立つ。がっしりとした体格で、Darlingよりも少しだけ背が低い。
「いっちゃん最新のはこれやな。一撃の重さに振ってるまさにロマンフレームや」
ロギが近寄って観察する。
「耐久性は微妙だね。可動域もそこまで無さそう」
「攻撃速度に寄せてあるからな。そもそも今どき格闘戦で可動域使う武器なんて使わんやろ?」
「いや、使うのはブレードだよ」
横にいるナハトがロギと俺を交互に見る。
「こいつが?そんな上手いんけ?」
「言ったでしょ?事情があるの」
ナハトがしゃがんで耳打ちしてくる。
「まぁ実際どうあれ、いちばんは見た目や。お前さんがカッチョイイと思えるもん乗った方がええ」
「それで勝てるの?」
「ピボットゲームは負け方の美学や。100人以上居る参加者から1位になるなんてのは、考えん方がええよ」
実際、トゥエルブは1位に拘ってなかった。それでもあれだけの人気になるのだから、1位になる事は必ずしも優位になる訳では無いのだろう。
ロギがこっちに戻ってくる。
「次、見して」
移動中に足が止まった。そのGPフレームを見上げる。
「…ロギ、ちょいまち」
ナハトが俺の横に立つ。今までの営業スマイルじゃなかった。
「これか?」
「…これは?」
スラッとした上半身に、少し太めの脚。何より頭がかっこよかった。Darlingに似た複眼で、睨みつけるようなデザインが目に焼き付いた。
「1個前の世代の近距離奇襲型やな」
ロギがフレームを見上げる。
「スレッジマンか」
「おもろい趣味しとるでこいつ」
「強いのか?」
「全然」
ナハトが肩をすくめる。
「積載量に物を言わせるタイプやな。前にこれ乗ってた奴は色んな武器転がしてハーフタイム突破してたけどな、万能型のOSは如何せん性能が悪い。器用貧乏ってとこやな」
その評価は、貶しと言うより期待だった。こいつの運用の仕方を模索している感じだ。
「目に止まった理由はなんや?」
「サイトウっぽいなって」
「サイトウ?」
ロギがナハトに質問する。
「胴体だけ旧世代にしたい。在庫はどれくらいある?」
「たんまり。トゥエルブちゃんが健気なおかげで手脚フレームだけ少ないで」
「だろうね」
「…なるほどな。そっちで調整するやろ?もちろん」
「仮のデータは出せる?」
「見学して待っとってくれ」
俺が立ち止まっただけで、勢い良く進む話に困惑する。
どこかに歩いていったナハトの背中を見送る。
「いいのか?」
「ま、別にこのフレームは高くないし。ナハトは安くしてくれるからね」
「なんで?」
「トゥエルブを推してるから」
ロギが指を指す壁に、Darlingの機体が描かれたポスターが貼ってある。右下にあるのはトゥエルブのエンブレムだ。
大きく描かれた12の後ろに、狸のイラストがある。
「あれ描いたのもナハト」
戻ってきたナハトが端末をロギに見せる。ロギはそれを見ながら唸る。
「これなら実体剣入れても、まだ武装は乗るで。武器も探すけ?」
「肘付けの機関銃とかある?」
「豆鉄砲やないか。もっと火力無いとキツいで?まじで剣だけで行くんか?」
「Darlingの対だから」
「デュオやったか。それなら腕よりもおもろいもんあるで」
デスクの上に置かれた契約書に目を落とす。俺の頭では文字は読めない。
「ここにお前さんの名前と、登録する機体名書いてくれ。ピボットゲームへの申請はこっちでやったるで」
ペンを受け取る。教えてもらった自分の名前と、機体名を書いた
パイロット シュリ
機体名 Insight
「ええ名前やな」
ナハトが笑う。意図は分からない。契約書を受け取る。
「ほなパーツは工場に郵送しとくわ。これ大事に持っときや」
「ありがとう」
「活躍期待しとるで、シュリ」
「…おう」
手続きが終わり、ロギのトラックに揺れる。支払いの半分はロギが持ってくれた。もう半分は後払いだ。
少しだけ不安になった。ゲームの事じゃない。金の事だ。
ハンバーガーすら贅沢だったはずが、ここ数日でとてつもない人と金の動きを見た。
家のない時代とは違う重荷が、たった今全身にのしかかった。それを分かりやすくしたのが金なんだ。
なんて不安も、深夜に届いたパーツの興奮にすっかり掻き消された。
バラされたフレームと武装を搬入して、胴体フレームを吊るす。
上から固定している鎖が微かに音を立てる。
フレームは黒くてスラッとしていてでもガッチリしている。
「…乗る?」
「乗る!」
まだ胴体しかないフレームに、リフトでコックピットに乗り込む。座席にはビニールがかかっていて、ほんのりゴムの匂いがした。
勢いよくビニールを剥がし、座席に座る。高さや位置を調整して、操縦桿を握った。
シミュレーションの時と同じなはずなのに、違う。
まだモニターも起動していないのに、脳が映像を想像した。
ロギがOSを持ってきた。教えて貰いながら、コックピットからOSを接続する。
メインシステムを起動する。サブモニターが付いて、OSの読み込みを開始した。
[ほう。これが]
「サイトウの身体。どう?」
[どうだろうな。やってみなければわからん]
モニターは正常に接続されたと表示する。その後はロギに色々教わりながら、フレームを組み上げていく。
仮接続が済んだ頃に入口から音がして、Darlingが帰ってきた。時計は深夜を指している。
ドッグに繋げたDarlingからトゥエルブが降りてくる。
半泣きのトゥエルブに、ロギは普通に接する。
「お疲れ、派手にやったね」
Darlingは左腕のフレームが無くなっていて、右腕の方はボロボロだ。
配信で見ていたけれど、最後まで目が離せなかった。Darlingを愛しているトゥエルブには悪いが、あの試合を面白かったと感じたのも事実だ。
半分吊られたInsightを見る。まだ新品のこいつも、これからDarlingのようになるんだ。
戦いの中で自分色に汚していく事を想像すると、楽しみで今夜は眠れそうにない。




