GP03 「魂」
ロギがシミュレーションコックピットに乗ってキーボードを弄る。俺の後ろからトゥエルブが乗り上げてロギを覗く。
「どう?」
「自律AIは旧世代のOSにはたまに見るけれど…ここまで調教されてるタイプは初めてかも」
[調教?]
「それに馬鹿だし」
[……]
ロギの罵倒にOSが黙る。トゥエルブが目を輝かせる。
「…でも、あの動きは素敵」
機械のことになると、トゥエルブの態度が変わる。現に俺は今、身体が触れる位置に居るのに、トゥエルブの視線には全く入っていない。
「あんた、名前とかあるの?」
[…美濃の齋藤の者だ]
OSはたどたどしく話す。
「…何の何の何?」
[そうか、知らぬか…いや、貴殿らの言うおーえすと呼んでくれて構わん]
OSは少し残念そうな声を出した。また後ろからトゥエルブが乗り出す。
「ねぇ、こいつDarlingに載せれる?」
「うーん…まぁ出来なくはないけど」
「…待ってくれ」
半ば無意識に会話に割り込んだ。
「俺がこいつのデータを取る話だろ?」
もしもこれで引き下がって、俺がピボットゲームに参加する話が無しになるのは嫌だった。
とはいえ、もしも無理そうならもっと高値で売りつければいいが。
トゥエルブの視線が刺さる。だが怖気付く気も無い。
「だったら!シミュレーションで勝負しようぜ!どうだ!?」
「やだよ」
「…は?」
「なんで私がDarling以外のコックピットに座らなきゃいけないの?有り得ないんだけど」
まるでゴミを見るような目で、トゥエルブは俺を見下ろす。
「ただのシミュレーション用のコックピットだぞ!?何でもいいだろ」
「無理。最低。気持ち悪い。浮気者」
なぜ俺は今暴言を吐かれているのかよく分からなくなってきた所に、ロギが俺の肩に手を置く。
「諦めな。こいつの性癖に付き合うと疲れるだけだよ」
トゥエルブが突っぱねるように立ち去って、Darlingと呼ばれるGPのコックピットに消えた。
静かになった工場でロギを睨む。
「…今の話、どうなんだ?」
「ん?まぁトゥエルブにはまだ渡さないよ。安心して」
「…理由は?」
「あのOS君は格闘特化のプログラムになってるけど、Darlingは今狙撃仕様だから」
「じゃあ早く割り込んでくれよ!」
「面白いから」
ロギがからかうように笑うのにも、もう慣れた。
工場に取り付けた一室に案内される。休憩スペースに使われている小さなベッドとコンピュータが置かれていた。
「パソコンは触らないでね」
「分かったよ」
黙るロギに背中を向けている自分の礼儀知らずに、少し申し訳無くなった。ロギの方を見る。
「…ありがと」
「へぇ」
ロギは笑いながらドアを閉める。悪態を付きながら、それでも心は少し軽かった。
ベッドにゆっくりと座る。まともな布団は初めてかもしれない。
端に置いてある柔らかい塊をつついてみる。一旦退かして、仰向けに寝転がった。
あの時、そのままOSを現金で売っていたら、布団では寝れなかったと思う。我ながらいい選択をした。
明日の事は、一旦明日考える事にする。
とりあえず今日は、ハンバーガーを食べて布団で眠れただけで特大ラッキーだ。
物音で目が覚めた。警戒心から寝ぼけたままドアを開ける。
工場は暗く、昼に来た時よりも広く感じた。音はDarlingの方からする。
上を見ると、Darlingの頭のセンサーが青色に光っていた。薄暗い中に存在感を放つセンサーは、目と呼ぶには数が多い。
静寂の中、Darlingの微かな起動音と、コックピットから誰かがいる音だけが工場に響く。
トゥエルブがいるのだろうか。コックピットの中で練習をしているのかもしれない。
[…おい]
思わずビクリとする。起動しているOSだ。
「…なんで起動しっぱなしなんだよ」
近寄って小声で言う。Darlingの目は相変わらず光っていて、監視されてるような気分になる。
[この機械が停止していても話せる]
「…へぇ、そういうもんか」
よく見たら、OSのランプは付いていないし、起動中の音も聞こえない。
「お前はさ…なんで人を殺すのに躊躇が無いんだ?」
[戦は誉だ。戦の中で命果てるのは本望だろう]
「いいや?」
[情けない話だ。誇り高き死を遂げたと思えば、こんな箱の中とはな]
言葉の意味が一瞬分からなかった。
「…人間なの?」
[今は人間では無い]
「それは分かってるよ」
顔がないというだけで、このOSの無言が果たしてなんなのか分からない。
「ピボットゲームは知ってるの?」
[参じた事は無いが、命を賭す事をしない軟弱者の生ぬるいお遊戯だろう]
「凄い嫌ってるね」
[こちらからも一つ問いたい]
「何?」
[あのお遊戯に参加して、何が得られるのだ?]
「えっと、お金とか有名になったりとか」
正直な所、俺もよく分かってない。
[やはり、戦の真似事か。どこに行っても変わらんな]
「…普通の戦争の経験があるのか?」
ここから離れた地域では、今も小さな戦争があるらしい。世界中に広がりそうになった戦争を止めるために始めたのがピボットゲームなのだと、昔大人に詳しい仲間が言っていた。
[この箱に入ってから少しだけな。その前は…まぁ関係あるまい]
「…教えて、戦争」
[ほう?]
その時の事を語るOSの声色は、少し嬉しそうだった。試験兵器として戦場に出ていた事、当時専属だったパイロットが居たこと、胸部を潰すのが当たり前な事。
「…その人、今は?」
[死んだが?]
呆気なく、そう言った。
[今夜は気分が良い。貴殿の鍛錬に付き合ってやろう]
そう言ってOSのランプが点灯した。接続されていたシミュレーションコックピットが起動する。
[乗るといい]
「あ、あぁ…」
周囲を見回す。この音でバレたら怒られるだろうか。
Darlingの視線が痛いが、慎重に椅子に座った。
シミュレーションが起動して、正面から音が迫る。操作はだいぶ覚えているはずだ。レバーを握りしめて前に出る。
ビルの壁を挟んで相手の攻撃を防ぐ。近接戦闘に持ち込む予定だ。
[音を聞き逃すな]
「分かってる…」
全天周囲音声が相手の音を拾う。少しずつ近づいてくる。
「…上!」
直ぐにブーストを吹かす。短い警告音の直後に後ろで爆発音がする。躱せた。
少し広い場所に出た。そこから空中を跳んでいる相手に一気に詰める。弾が装甲やフレームに当たり弾ける音が響く。
近接攻撃の入力をして振りかぶった攻撃を避けられた。
[入力が早い]
「くそっ!」
警告音。バックステップでグレネードを躱す。直ぐに体勢を戻して相手を正面に捉えた。
「射撃は無いの!?」
「ここ、武装の切り替え」
右手に暖かい手が触れて、驚きで変な声が出た。トゥエルブだ。いつから居たか分からなかった。
言われた入力で装備したライフル銃はなかなか当たらない。
「中距離の追従性能が弱いかも。牽制しながら詰めて」
「わ、分かった」
撃ちながら前に進む。相手は少しずつ後退していく。
「くそ!逃げんな!!」
「地形使うの忘れた?」
「忘れてないし」
物陰に隠れると、音は少しずつ近づいてくる。また上からだ。
ブーストで上昇して顔を出した時、相手の機体はすぐそこだった。
近接攻撃の入力を入れる。振り上げたブレードは相手の腕を切り落とす。
[もう一度]
再度入力する。そのままブレードを縦に振り下ろして、大きな断裂と共に相手のGPは動かなくなった。
終了の文字で息を吐く。横に立ってるトゥエルブを見ると、あまりいい顔をしていなかった。
「うーん…殺さなかったら欲しかったけどなぁ」
OSの事だ。
[何か問題でも?]
「ピボットゲームでの殺人は視聴率を落とす。暗黙の了解だよ」
そんな事も知らないの?という顔をしている。そんな事は知らない。
OSは確か、命を賭す事をしないと言っていた。それでもどこかで、そういう死のゲームのイメージがあった。
「何してんの?」
灯りが付いた。入口に立っているロギが睨んでいる。トゥエルブがわざとらしく舌を出した。




