GP02 「記録」
キッチンから2人分の飲み物を持ってきたロギが向かいの椅子に座る。付けたモニターを操作して動画が流れ始めた。
小粋なファンファーレと共に派手な文字が画面いっぱいに広がる。
「これは2週間前のゲームだね」
背景に移された大きな円。真ん中に背の高い建物がある。
「これがゲームの舞台、人工天盤都市ピボットテーブル。まぁゲームのためだけの場所だから、どっちかと言うとジオラマだけどね」
ロギが注釈を入れながら横で飲み物を飲む。画面いっぱいに文字と数字が並んだ。
「なにこれ」
「参加者のオッズ」
「オッズ?」
「公営ギャンブルだよ。誰が何位になるか予測して、それが当たったらお金が貰える」
それを聞いて考え事をする俺を見透かして、ロギはからかう。
「それで生活は出来ないよ。狙って順位を当て続ける人はほとんどいないし、上位数名の当選しか儲からないよ」
パラパラと、数字が次の参加者を表示する。
「私たちは…ここ、65番」
No.65 機体名 Darling オッズは2.1。
「低っ!」
半分近くの参加者のオッズは25.0だ。1桁は他にも僅かに居たが、恐らく、Darlingがいちばん低い。
「…ダーリン?」
「まぁ、それは…」
ロギが言いかけた時、廊下から足音がして2人ともそちらを見る。
さっき見たボサボサの白髪がよろよろと部屋に入ってくる。薄着で、地肌が出ている腹部に機械っぽい穴が空いていた。
「お腹すいた。何がある?」
「好きなの食べなー」
白髪の頭を搔きながら、こちらを見向きもしないでキッチンに行ったそいつが、ご飯を持ってこっちに来る。
「げ…何見てんの?」
「あんたが追い回された時の切り抜き」
「えぇ…」
やっと目が合う。なんとも言えない気怠そうなこいつに、強者の風格は微塵もない。黄金色の目を逸らして頬のそばかすを掻く。
ロギが俺を指さす。
「こいつ、第1世代のOSを持ってた」
「マジで!!状態は!?」
これまでの気怠さを吹き飛ばして目を輝かせる。
「あんたのDarlingにつけるのはまだ。だからこいつにゲームに出てもらって、その性質を確かめる」
ロギに指を刺される。
俯瞰視点で始まったピボットゲームは、最初の10分で1/4の参加者が脱落した。簡易マップに生存者が赤点で表示される。今、ひとつ消えた。
画面の上にも数字が並んでいる。
人数 74名
傾斜 220° 10°
順序良く、色んな人の視点に切り替わっていく。戦闘をしている者、遠くの敵を観察している者、状況整理で雑談している者。
画面に映る文字が次々と流れていく。
戦闘をしていた誰かが、銃で相手機体を倒した。
誰の声か分からない喜びの言葉が、次の映像に切り替わる前に途切れる。
「あいつここで死んだの?」
「意外と早かったねぇ」
飯を食べながら画面を見る白髪と、頬を着いて会話するロギの方を振り向く。
「…死んだのか?」
「あぁ、比喩だから。別に中身は死んでないよ」
何食わぬ顔でご飯を食べ終わった白髪が、キッチンにお皿を乱雑に置いて、何も言わずに部屋を出ていった。
「…あれがDarlingのパイロット、トゥエルブ」
「トゥエルブ?」
「そう。総合ランク12位だからトゥエルブ」
「…どゆこと?」
「12位まで行くとリタイアするの」
眉を顰めるしか無い。色々と聞きたい事はあるが、一つだけ聞き返す。
「…ルール違反では?」
「マナー違反ではあるね。だから終盤はしょっちゅう追い回されてるし、盛り上がる」
ゲームも終盤、残り人数が15人を切った時、半分くらいの赤点が一点に集中し始めた。その先頭を行く赤点が、徐々に天盤の端に動く。
「始まった」
ロギがワクワクしながら画面に食らいつく。流れていく文字の勢いが凄まじく、何も読めない。
「なんか、合図とか?」
「鳩で鹿を狩ってる」
「…は?」
「配信のコメントで、他の配信者がどの位置に居るのか教えあってるの」
画面を見るロギの口角が上がる。ふたつの赤点がぶつかった。
トゥエルブと誰かだ。戦闘が始まる。
更にそこに集まり、混戦になった。空中に居た機体が落ちて天盤が傾く。
それを合図に、更に赤点がどんどん1箇所に集まっていく。
ポツポツと赤点が消えていく中、ひとつが天盤の外に消えていった。これがトゥエルブだ。
最終的なトゥエルブの順位は7位だった。
全て集まった赤点が、とうとう残り2つになって撃ち合いを始める。俺は自然と拳を握っていた。
吹かしていたブーストが切れた方が弾幕を食らい、小さな爆発で、赤点がひとつ消えた。
画面が切り替わり、1位になった人の名前が表示される。
No.36 機体名 Overdose 総合ランク 4↑
「どう?」
ロギが俺を覗き込んだ。
「…おもしれぇ」
画面に総合ランクが映される。
ランク48 機体名 Darling ― オッズ2.08↓
シャワーを浴びるのはいつぶりだろう。水浴びこそたまにしていたが、こうして家の中でお湯に当たる記憶を遡ってみるが、思い出せない。
『君の初参加は1ヶ月後。それまではここで住み込みで働きながら、練習してもらおっかな』
胸の高鳴りは、まだ止まなかった。実際にあの戦場に立つ自分の機体を想像する。
シャワーを止めて、タオルで身体を拭く。そこにロギが入っていた。
「ねぇ、作業着しかないんだけど…」
そこまで言って黙る。
「何でもいいよ」
「待った。女の子なの?」
「違うが?」
「違くないじゃん。まぁ何でもいいや、これ着替えね」
受け取ったツナギはダボダボだったけど、ブーツの中に詰めれば問題無い。工場に戻ると、ロギがOSを大きな機械に繋いでいた。
「何それ?」
「シミュレーションコックピット」
繋がれたOSが音を立てる。スピーカーからまた声がした。
[何だこれは]
「だからシミュレーションコックピットだって」
ロギに言われて椅子に体を落とす。全面に付いた曲線のディスプレイが、灰色の街並を映している。
手元に沢山ボタンの付いたレバーがふたつ、ペダルは3つ、頭の上にある円状の機械が、自分を包むように配置されていて、色んな方向から、逃げ場のない音が鳴る。
「さ、まずはやってみよう!」
そう高らかに言ったロギが戦闘開始のボタンを押す。円状の機械から重い音が前から来る。正面から来た敵が一瞬で目の前に来た。
「ちょ!」
何も教わってない。とりあえずレバーを後ろに倒す。機体が後ろに下がって相手のタックルを避けた。
小さなアラートと共に、理解するより先に敵からグレネードが飛んでくる。左に避けると、右から轟音が響いた。
「上手いじゃん」
「どこが!?」
動く物に視線が逸れた。ディスプレイの横で、文字が次々と流れていく。
さっき教わったコメントじゃない。
アラートがまた鳴り正面を向いた。目の前にグレネードが飛んでくる。
「うわっ!」
思わずレバーから手を離してしまい、椅子が揺れる。全身を叩くような鈍い音で耳鳴りがする。
[弱いな]
「レバーは離さないで。今は前だけ見ること」
「分かってるよ!」
左下に大きく表示されている数値が減っていく。レバーを握り直して小さく息を吐くしかなかった。
敵の背中から煙を上げてミサイルが飛んでくる。闇雲に前にレバーを倒して踏み込んだ。
後ろから被弾する音が聞こえる。
[そこだ。攻撃しろ]
反射的に入力した瞬間、機体の視点が右に揺れた。相手の射撃武器の銃口を避けた瞬間、左手に持っていた実体剣が相手の胸部に突き刺さる。椅子が少しだけ前に揺れた。
「…わお」
終了の文字がディスプレイに出る。息をしてい無かったことに今気づいて大きく息を吸った。
「なんで突き刺したの?」
ロギの質問に困惑したが、ロギが見ているのは俺じゃない。
[これなら確実に相手を殺せる]




