GP24 (012) 「残香」
あいつ本当にやりやがった。コメント欄の荒れようがすごい。
「どうすんのこれ」
「てか連れ去られた?」
「誰だよ新時代とか言ってたやつ」
「もう終わりだねこのゲーム」
恐らくPandaが亡霊と言った機体を片付けた時には、シュリはScale Rainを殺した。そうコメント欄が言っている。
まだ現物は見てないし、見る気もない。現にシュリの居た所から、見たことないGPが飛んでいって遠くに消えたのは見えた。
「参ったなぁ…海まで連れてくのは僕の約束だったのに」
「呑気じゃん。分けて欲しいわ」
「何を?約束を?」
「そのメンタルを」
Pandaは空に遠くなっていくGPを見つめている。私だって、人殺しに特別忌避は無い。別に殺す動機も無いし、ただ世界がそれを拒否している。
それだけ。ただその1つの理由が、個人としては大きい。
「あんた的にどう?楽しくなりそう?」
「そうだねぇ…そうだろうねぇ」
「これから先、きっと地獄だよ」
「死ぬのが怖い奴は、こんなゲーム出てないでしょ」
Pandaが笑うけど、私はDarlingが死ぬのが怖い。でもそれは、きっとマイノリティだ。
ピボットゲームを娯楽として広めたこの世界では、戦争への心意気が風船位軽い。実際に始めてみてどうかなんて関係ない。
『人々の闘争本能を刺激するこのゲームは、一見すると戦争を抑制出来ている。問題はいざその鎖が外れた時、抑圧された本能は理性を凌駕するって所。後はコメント欄がどうなるかじゃない?』
ロギ。あんたはやっぱり天才だよ。私はあんた程先見の明は無い。あの時揶揄った笑いをしていた意味がわかった。
「これ戦争始まる?」
「俺らもGP乗るのかな?楽しみ」
「ヤバいな…どこに逃げればいいやろか」
「ちょっと今から体鍛えるわ」
「戦争か?腕が鳴るぜ」
乾いた笑いが出てくる。ロギの話してた話を冗談半分に聞いていたあの頃に戻りたい位だ。
『トゥエルブ、このゲームが終わったら、どうなると思う?』
『戦争するんでしょ?』
『じゃあ、どことどこが?』
『何それ?場所なの?』
『一体なんの為に?』
『…タンマ。なんの話?』
『確かにこのゲームは、紛争の拡大を止めるために始まった。でも実際、あれは小金持ち個人の小競り合いに過ぎないよ。この社会は本当の戦争なんて知らない。なのに匂いだけは、どこに行っても立ち込めてる』
『つまり?』
『戦争の理由が無いのに、みんなが戦争する気なのは、ゲームのせいだ』
横のPandaが動く。地上が少し傾いた。私たちが下だ。
「ま、今はゲームだ。とはいえ、数は殆ど変わってないね。今日はみんなやる気ないみたいだ」
「当たり前じゃん」
「僕はリタイアするよ。いつもの君みたいにね。じゃ」
そう言って飛び出したPandaを、立ち尽くして見つめる。これでまだハーフタイム前だ。
「さて…どうしよっか?」
コメント欄に投げかける。ほとんど動かなかったコメントが動き出した。
「Darlingもさっさとリタイアしよ」
「そもそもこれ続けるのか?意味ある?」
「もう賭け金払った人はドンマイだわ」
「まぁ逃げていいやろ。こんなクソ試合」
やっぱり、みんな諦めてる。盛り上がる理由が無いからだ。意味のない事はしない。
「みんなはさ、本当に戦争になったら、どうする?」
「戦うしかなくね?」
「逃げるね。めんどくさい」
「GP乗れるならやるよ」
「まぁやるしかないよな」
「じゃあさ、本当の戦争って、どんなの?」
コメント欄のみんなは、明確な答えを出せなかった。私だって、実際どうなるのか知らない。
「空想で語ってみよっか。教えて」
「GP同士で撃ち合うんじゃね?」
「ピボットテーブルみたいな空中都市でやり合うとかね」
「案外普通に人同士で殴り合いとかね」
「もうゲームで決めていいんじゃない?」
それぞれが自分の考える戦争を書き連ねる。それを見ながら、私自身考えてみる。
「私はそうだな…案外、人同士ではやり合わず、無人機同士で戦うかもね」
サイトウやペクトゥスの技術が進めば、人が直接乗る必要は無くなる。じゃあなんで、ピボットゲームはわざわざ人が乗ってたんだろう。
こんな雑談をしている私は、シュリのことをとやかく言う資格は無いな。
「今、周りの機体はどんな感じ?」
急に舵を切った話題に、コメント欄は遅れて反応する。
「基本みんな雑談してる」
「見たところ、配信してない人は今居ないかな?」
「Lost boysが布教して回ってるぞ」
「Panda今リタイアしたね」
ちょうど残り人数の数字がひとつ減った。
「じゃ…私も布教される前に逃げますかな」
操縦桿を握った時、変なコメントがあった。
「マルスコ:シュリの事で話がある。ゲームの後に会おう」
Overdoseだ。なんだこいつ。軽く流してブーストを吹かす。
シュリを助けたいとか、そういう感情はあまり無い。少し寂しい気持ちこそあるが、あいつは人を殺した。どんな姿になって帰ってきても文句は言えない。
そもそもあれはなんだ。これまで事故で人を殺した例はあったが、連行されるなんて事は無かった。
今世界は、間違いなく新しい方向に向かっている。そしてそれは、ロギの言う通りシュリが鍵なんだろう。
―――
倉庫に帰った時、ロギは店じまいをしていた。
「おかえり。随分変なことになったね」
「結局どうなったの?」
「あの後中止になったよ。次回も中止だけど、正式に終了の連絡はまだ無いね」
「図太いんだかバカなんだか」
ロギはシュリの事を聞いてこないので、こちらから聞く。
「シュリはいいの?」
「仕方ないよ。とは言え、ネットはかなり荒れてる。身バレが面倒だから、家変えるよ」
「そっか。残念」
「ほら準備しな、明日には出るよ」
「はいはい」
自分の部屋に戻ってきた。いつもは落ち着く部屋なのに、今日は落ち着けない。
散らかった本や服を拾う。何となく買ったはいいものの、じゃあこれを持って次に行くかと言われたら微妙なところだ。
私にとっては、ダーリンとその居場所さえあればそれでいい。
まともに片付けもせず、布団に寝転がった。どうせ夜逃げだ。要らない物を捨てる事も無いだろう。
もしもシュリが帰ってきた時、ここに家がないと可哀想だな。明日から、私を起こしてくれるのはロギになるんだろうか。
今初めて、シュリが居なくなった事に少しだけ悲しくなった。次の家では目覚まし時計を買おう。
それがシュリの代わりのひとつになるのは嫌だな。やっぱり辞めよ。




