GP23 「屋根」
母親の顔は覚えてない。少なくとも、立てる頃までは育てて貰っているはずだ。そうでなきゃ俺は、誰も助けてくれない町の隅では生きていけない。
何回目かの冬を越えた頃には、俺と同じ家無しの知り合いは50を超えていたと思う。文字や教養は無かったけど、数字は金だから覚えたし、言葉は仲間とのコミュニケーションで自然と身についた。
持ち金が多くて自分のテリトリーを持っている奴は、大抵大人に見つかるか、新しい盗みの候補に入った。
だから誰も、下手に稼ごうなんてしない。自然と仲間意識があった。
そんな状態では、人をまとめて状況を素早く判断出来るような天才は貴重だった。
そういう奴は大体自分の名前があって、それが頭の証みたいなものだった。
『俺の事はリーダーって呼んでくれて構わねぇ!』
路地裏で集まった俺含めた数人の前で、リーダーはそう高らかに言った。
『俺も頭は良くねぇからさ!お前らと一緒に盗みに行きたいんだ!人が多い方が成功しやすいからな!』
色んな頭を転々とするのが日常の俺たちにとって、名前を持たないリーダーは少し異色だった。
でもリーダーのその気さくな感じが喋りやすく、体の大きさもあまり変わらない俺たちはすぐに仲良くなった。
週に1回この路地裏に集まって、工場や商店に忍び込んでは、大笑いして逃げ出すリーダーの背中を追っかけているうちに、何だかみんなも笑ってしまった。
身近な話もしないし、大した夢も無い。それが俺たちの日常だった。
そんなある日、リーダーが路地裏で俺たちに食べ物を見せてきた。
『ハンバーガーって言うんだってよ!みんなで食べようぜ!』
4人で分割したハンバーガーは1口分だけだった。盗みの金は服や食い物に消える。別に毎日ゴミを漁っていた訳じゃない。
それでもその時のハンバーガーの味は、俺たちにとって特別だった。
―――
Scale Rainのナイフを腕を回してずらし、Insightは装甲の隙間を狙う。
俺たちの勝利条件は上手く隙間を狙った一撃を入れる事。あっちの条件は、機敏に動く俺たちを止めて連れ帰る事。
サイトウは剣が強いと思っていたが、どうやら体術も強いらしい。それでも入力は俺だ。俺がちゃんと判断出来なきゃ、サイトウの力は十分に出せない。
後ろの方で音がする。別のGP同士が戦っている音だ。DarlingとPandaの姿が見えない。
お互いのナイフは装甲で弾かれ、ギリギリで躱され、一向に当たる気配がない。
それでもどちらかが気を抜いたら、その時は一瞬で来る。
マイクを切ったままのペクトゥスのドローンを使う気は無い。それは面白くない。
「シュリ!覚えてるか?俺はこの前ハンバーガーを食ったんだ!あの時とは違くて、一人で全部だぜ!」
「俺も食ったよ!」
「あれはやっぱり美味いなぁ!どうやってあんなに美味いもん作れるんだろうな!」
「あれは作るの難しいんだぜ!知らないだろ!?」
「あぁ!知らないことばっかだよ!」
地面は殆ど傾かない。ゲームもこんなに楽しいのに、今みんなはそれどころじゃないらしい。
同接が上がっていく。コメントが加速していてまともに読めない。
ふと、言いたい事が出来た。それを言った時、ギルはなんて言うだろう。それが少しだけ楽しみだった。動揺するだろうか。そしたら俺はズルをしたことになるだろうか。
「ギル、俺好きな子が出来たんだ」
「なんだそれ?」
「大人曰く、触れたいとか離れたくないとか、そういう人なんだってよ」
「いいじゃん」
「でももう会えない」
「もったいねぇな」
俺やギルにとって、死ぬ事と会えなくなる事に大した差は無かった。
今はどうなんだろう。俺は今、死という物に興味が湧いた。
「なぁギル。これで俺が負けたら、コックピットを潰して見てくれないか?俺が勝ったら、お前のコックピットを潰す」
「いいぜ、面白そうじゃん」
少し距離を取って立て直す。良くない事なのは分かってる。でも今、このゲームそのものが果たして良いものなのかすら疑わしい。
[やっと本領発揮という訳だ]
「…行くよ」
「おう」
お互い一気に詰める。Insightの動きが良くなった。
こちらの攻撃に対して、Scale Rainは執拗に胴体を守った動きをしている。
[分かってはいるが、やはり保身的か。残念だな]
細かな移動操作で、相手のナイフを躱す。Insightの一撃が、Scale Rainの頭に入って潰れた。
「あー!負けちまったか…楽しいな、これ」
「あぁ…楽しかったぜ。リーダー」
「…リーダーか。上手くやれなかったけどな」
「そうか?俺はリーダーと一緒に盗みしてた時、楽しかったぜ」
「まじ?良かった」
倒れたScale Rain上に立つ。コメント欄が止めてくる。
「待て待て」
「本気で殺す気?」
「なんでそうなった。落ち着け」
「シュリ怖いよ」
「…シュリ?どうした?」
「いや…ギルはなんで、死んでもいいんだ?」
「さぁ?お前は?」
「周りが止める理由が気になった。って感じ?」
「周りって?」
「コメント欄とか?」
「あー…あれって、周りなのか?」
手が止まる。確かに、俺はこいつらの顔も名前も知らない。
「俺としては、お前が気になるのならやっちゃって構わねぇよ。リーダーだからな」
「なんだそれ。変なの」
「お互い様だよ」
[辞めろ!]
Scale Rainの中身から声がしたけど、もうどうでもいい。Insightがナイフを持ち上げる。
「ギル、俺さ。女の体らしいぜ」
「…まじ?」
「まじ」
「すげぇじゃん。分かんねぇけど」
[ダメだ!!シ]
ナイフを振り下ろした。装甲の隙間を突き刺したScale Rainは、もう二度と動かなかった。
うるさいコメント欄を閉じて、マイクを切った。
[気分はどうだ?]
「どうだろ。まだわかんないな」
[頭の矜恃としては、まぁ悪くないな。ギルとガラと言ったか。俺も覚えておこう]
どうして俺は悲しくないのだろう。ココの時はあんなに悔しかったのに、今はむしろ少し清々しい。
直接死体を見れば何か変わるだろうか。そう思って動こうとした時、Insightに強い衝撃があった。一瞬にしてカメラが消えた。頭を潰されたんだ。
すぐ近くで破壊音が響く。何も出来ない。
脱出レバーを引く気にはならなかった。ふわりと飛び上がった感覚があるが、何も見えない。
「サイトウ、状況分かる?」
[さぁな。俺は今、操縦室しか見えん]
エラーを吐いて固まってるペクトゥスを叩き起す。俺が人を殺したとはいえ、こいつはほとんど役に立ってない。
[…はい!なんでしょうか!?]
「今の状況分かる?」
[えーっと…メイン電源が切れてますね。ドローンの電源経由で、ドローンカメラを表示しますね]
小さな画面に映し出されたのは、小さく見える灰色のピボットテーブルだった。俺は今、何かに連れられて空を飛んでいるのか。
[テーブルから離れていますよ!どうしてですか!?]
「知らないよ」
椅子に座り直して、ペダルから足を離した。何だか疲れた。トゥエルブやロギには、もしもまた会えるなら謝らないといけないな。
ゲームを放棄して、俺は人を殺した。殺しはダメだと言われていたその理由を知りたかったけど、殺したところで分からなかった。




