GP20 「盲」
人数 86名
座標 20° 25km
傾斜 5° 5°
ペクトゥスが強制停止した。人殺しを見てエラーを吐いた。それなのにInsightは止まらない。当然だが、いつ視聴者にバレるか分からない。
「ヤバいヤバい」
「あれ誰?分かる人いる?」
「アーカイブバイバイ」
「死んだよね?分かる?」
俺の方にも、直接コックピットを狙ってきた。何も話さないそいつは、間違いなく殺しに来てる。
[あれは、殺してもいいのか?]
「…ダメだよ、ペクトゥス。こっからは俺だけでいい」
相手はサイトウだ。視聴者に誤魔化すように話す。ペクトゥスは変わらず話さない。
[ではこれまで通りだ。心躍る]
少し動いた俺に対して、相手機体が前に詰めてきた。撃ち込んだ散弾から、カメラを守るようにして構わずに突っ込んでくる。
小さく回避行動をする俺に対して、相手はそれでも俺のコックピットを狙って来た。カメラの僅かに下を、相手のブレードが通り過ぎる。
[…気づいてるか?]
「…あいつ、同じ?」
「動きが人間過ぎる」
「もしかして向こうもペクトゥス?」
「逃げていい!無意味だ!」
「見たくねぇけど絶対アーカイブ残らんだろ」
「…ははっ、逃げるわけないだろ!」
相手が体勢を崩しかけている所に一撃を入れるが器用に避けられる。確かにあれはサイトウとかと動きが似ている。
絶対に距離は離さない。視界から外さない。すぐに近づいて一撃を入力する。それなのに、相手は俺が見えてるように、死角からの攻撃にも対応してくる。
[勘がいいのだな]
「…あいつ、俺の配信を見てるな」
黙って受信機器を積んで来たんだ。原則パイロットは配信を映すカメラ以外の持ち込みは禁止されている。
[それをしても俺達には勝てないか。情けない]
「…みんな、どう思う?」
「お前が強すぎる定期」
「ズルして殺せないの可哀想」
「あいつの配信はどこにも無いわ」
俺じゃない、サイトウだ。確かにあっちも人間くさい動きをするが、キレがない。
距離を取ろうとする相手機体を、上を飛んでいたLost boysが追いかけて行く。
[期待したが、つまらんかったな]
「シュリ、大丈夫?」
Darlingが隣におりてくる。多少損傷していた。
「はい、大丈夫です」
潰されたGPを見ようとして辞める。何万人も見ている中で、わざわざやることじゃない。
「あの迷子が追いかけてるうちに逃げるよ」
「追わないんですか?」
「他のランカーすら追いかけてる。あれを倒した後が地獄だよ。前みたいに縦になる」
ドキリとする、コメント欄と同じように騒いだが、それは羨望だ。もちろん俺はもう一度縦にする気は無い。
Lost boys達から距離を取りながら、1度息をつけそうな所に身を潜めた。
「ペクトゥス?」
[はい!なんでしょうか?]
「いや、確認」
[そんなこと言わずに!何かお話しましょ?]
エラーが回復したペクトゥスが何も無かったように話す。幸いコメント欄はあまり勘付いてない。
「あんたのそれ、大変だよね」
トゥエルブが適当に話題を振ってくる。コメント欄では、この話すAIがどこまでルールとしてOKかで議論中だ。
「まぁ、別に視界が増えるとかは無いですし、最終的な判断や入力はあくまで俺なんで」
視聴者に分かりやすいように口に出す。
[はい!私はあくまでも、シュリさんの入力から非殺傷の攻撃を導くプログラムですから!]
「ありがとね」
[任せてください!]
なんて都合のいい事か、さっきまでエラーを吐いてた奴とは思えない。
サイトウは変わらず話さない。本当のInsightのOSはサイトウだが、驕り高ぶることも無い。
サイトウにしては珍しい。こういう時は、もっとアピールしてくるものだと思っていたが。
「まぁ、公式がOKならいいのか」
「殺しが出てくるようなガバ穴だし」
「これゲームヤバいか?」
「Insightを殺しに来たのはルール違反の処罰か?」
「Lost boysがあの機体倒したよ。パイロットが逃げて消えたって」
[…あの者の殺意、お前は感じたか?他の者とは違う。相当恨まれているらしい]
もしもサイトウと同じOSなのならば、その乗り捨てた機体にまだ残っているかもしれない。確認に行くべきだろうか。
「ペクトゥス、君はAIを感知出来たりする?」
[はい!自律思考のデバイスの呼応周波があるので、それで分かると思いますよ!]
ならさっきやってくれ、と言いたいが、生憎フリーズしていたのだから仕方ない。
兎に角1度脅威は去った。当たり前だが、殺しはルール違反だ。そんな事をして、ここのランカー達が黙って見過ごすとは思えない。
「…どこ行くの?」
トゥエルブに呼び止められる。
「あの機体が落とされたなら、中身を確認したいんです」
「やめときな」
「…なぜです?」
「無策で単騎で来るとは思えない。多分駒だよ、あれは」
「駒って…」
そこまで言いかけた時、爆発音がした。その方角を下に、地面が傾く。
「…あーあ」
GPは爆発しない。中の人間が死ぬより先に壊れるをコンセプトにされているGPは、武装の火薬以外で発火する物質をとにかく避けている。
だからこれまでの過去動画でも、爆発なんて無かった。
[奇妙な話だ。お前に取り付いて自爆しても良いはずだが]
「…何か隠したいことを消した?」
「お、鋭いじゃん」
コメント欄も騒いでいる。今回のゲームはどこかおかしい。その流れるコメントの中で、一際目立つものがあった。他のアカウントとは文字の色が違う。
「マルスコ:忠告だInsight。君は狙われている。早くこのゲームから降りた方がいい」
「本人だ」
「マルスコ来た!嫌やばいじゃん」
「そっか今回Overdose参加してないわ」
「本人来た」
「は?狙われてるってなんだよ!詳しく言え!」
「マルスコ:悪いがここでは書けない。君が生き残ってからゆっくり話そう」
「何が始まるんだ…」
「死亡フラグじゃんね」
「ドキドキしてきた」
雑な話だ。そもそもお前の顔も知らない。Overdoseは今きっと、安全な所から飲み物を片手に打ち込んでいるんだろう。訳の分からない事ばかりでイライラしてくる。
[シュリ?怖いですよ?落ち着いてください]
怖い、そうか。ココが怖がっていたのはこういうことかもしれない。
「…ごめん」
[謝らないで下さい!私があなたをサポートしますから!]
その言葉に、豚のぬいぐるみの煤を見た。俺は今、怖くない。強がりなんかじゃなく、純粋に楽しんでいる。シワが寄る頬を叩く。
「…トゥエルブさん、俺このままリタイアします」
「ま、周りが許してくれるといいね」
「そもそもおかしいですよ。こんな事が起きて、なんで何も無く進んでるんですか?」
1拍置いて、トゥエルブが吐き出す。
「…このゲームは、止めちゃダメなの。これは構造の話、多分あんただけがよく分かってないだけ」
「構造…」
コメント欄は、半数がトゥエルブに同意していた。
「このゲームはもう、世界経済を担うレベルになった。世界中でGP関連の仕事が乱立して、自殺率まで下げた。戦争のよく見える部分だけを上手いこと縫い合わせて作った理想郷」
理想郷。そんな訳無い。現に今ここは、殺人鬼の潜む逃げられない空間になったはずだ。
「それは暗に、人の延長線の操り人形同士の戦いレベルだったに他ならないよ。それにあんたみたいな捨てられたガキも増やした。いつか終わる時が来る。それが…避けて」
アラート音が聴こえて慌てて操縦桿を握る。完全に気を抜いていた。何とか入力した防御は、的確にグレネードを防ぐ。
「お、やっぱりヒュドラだ。今ので防御できるなんて、頭が2つ無いと無理だもんね」
Pandaの声が爆風の向こうからする。




