GP19(012) 「思想」
シュリがちっとも帰ってこないから、ロギに探しにいけと言われてフラフラしていた時に、道路に仰向けになっていた時は焦った。
夜道の影からシュリを覗いていた男女が、希望の目をしていた。トゥエルブになる前に感じた、名前が認知され出した頃の、特別不幸でも無いのに他人に縋るような目だ。
私と目が合うと、そそくさと逃げた。
帰って私の左眼の録画でロギと調べる。案外すぐ出てきた。
「小規模の倉庫運営者だね。幸いウチとは関わってない」
「どう思う?」
「調べるに越したことはないね。今のシュリは、誰に狙われててもおかしくない」
そしてそういう仕事は、大体私に回ってくる。ウィッグとアイカメラを変えればいいだけの私は都合がよすぎる。
市民登録をした時は、文字通り顔を売り払う前だ。
あの男女は夫婦で、間には女児が1人居る。女児は昼なのに家にいる。不登校だろうか。
手ぶらで家を飛びだした女児を、妻が追いかけようとして立ち止まる。
「どうかされました?」
「えぇ…ちょっと喧嘩を…」
女は私が昨日見た奴とは気付いてない。近くに住んでいる中年女性を模しているから当然だ。女は顔を近付けて小さい声で話す。
「これは内緒何ですけど…ココが連れて来た子供が、ピボットゲームに出てるそうなの」
ガッカリだ。内緒話は内緒にしないと。
「ピボットゲームに?ココちゃんまだ小さいわよね?」
娘の名前は聞き出した。もう話すことは無い。この女はシュリの名声に目が眩んで、娘がくっ付く事を望んでいるんだろう。
女の手には本がある。料理の本だ。シュリが読んでいるのを1度だけ見たことがある。
女の話は耳に入ってこなかった。口を閉じたタイミングで、秘密保持契約書を取り出す。
「おかえり」
「ほら」
サインさせた契約書を机に置いて座る。ロギがアイス珈琲を二つ持ってくる。
「黒だったか」
「別に、ちょいと突ついたら泣きながら吐いたけど、何処にでも居るタイプの良い主婦って感じ」
「善良と賢明は比例しないからね」
「シュリも馬鹿だわ。危機管理がなってなさすぎ」
「昔のあんたを見てるみたいだわ」
ロギが揶揄う。冷たい珈琲を口に入れる。
「…もしこれでもポロッたら、どうなんの?」
「あんたも契約書読まないタイプか。書く前に読んだ方がいいよ」
こういう時のロギの顔は本当に悪魔みたいだ。机の上の契約書を読む気にはならない。少なくとも幸せなことは何も書いてない事くらい知ってる。
「シュリ、本当にまた出すの?」
「愛着湧いた?出すよ。前回は想定外だった。あんなに有名になるとは思ってなかったからね」
「まぁ確かにあれなら、ゲームは壊せそうか」
―――
落ちていくGPの中にInsightを見つけた。かなり遠く、初動で合流は無理だと思う。近くに落ちたランカーはPandaだ。気分やノリで色んな奴の敵味方になるけど、Insightにはどっちだろう。
私の近くにはLost boysが落ちる。こっちはこっちでめんどくさい。王道の操縦を上手く使いこなして来るし、何よりうるさい。
地上に降りてすぐLost boysに向かう。早めに対応しておきたい。あっちも同じ事を思っていたらしく、真っ直ぐこっちに来た。
「こんにちは、ダーリン」
「光は見つかった?」
「それらしきものは、今あなたの近くに」
交戦距離ギリギリで撃ち合う。流石に楽勝とは思ってない。Lost boysはミサイルを主軸に立ち回るAeriallagとは別の弾幕型だ。
「Insightと一緒では無いんですね」
「あんたも見たかったんだ」
「いいえ、心配なだけです。あれは光ですから」
「そういうの、ゲーム内で言わない方がいいよ」
上から迫るミサイルを一気に避ける。そこに合わせて撃ち込んで来る射撃を数発食らう。
「いいんです、みんな分かってるはずです。このゲームにやっと、終わりを示す存在が現れた。それを止めたい存在は必ず現れる。戦争は嫌ですからね」
「あんたは戦争したい派じゃなかった?」
「語弊です。既に戦争は始まっていますよ」
「あんたの素晴らしい布教に巻き込まないでくれる?」
コメント欄がLost boysを茶化す。
「始まった」
「睡眠導入BGM」
「思想教育」
「聴きながし推奨」
「殺さない戦場に立つなら、言葉を受け止める資格はあるべきです。Insightさんも自覚しているといいですが」
「これはゲームだよ」
「はい。そういう名前の戦争です」
一気に前に出る。こいつのうるさい思想はこれだけでいい。後ろに下がろうとするLost boysの間に他の機体が割り込んでくる。
「邪魔だな」
「ダーリン、我々は警鐘を鳴らしているんです。これは戦争なんですよ。貴女が本気で分かってないとは思ってませんが」
割り込んできた機体は、Lost boysを無視して私の方に突っ込んできた。徒党を組んでやがる。
「…戦争戦争うるさいな。やった事あんの?」
「貴女だって、感じた事は無いでしょう。そうやってこの天盤に逃げて、Insightのような罪のない子供を置き去りにした。そうでしょう?ダーリン」
「まじで、その名前で呼ばないでくれる?」
「貴女が名付けたんですよ?ダーリン。このゲームで1番命を重んじているのは貴女です」
他の機体がまた増えた。殺し損ねたせいだ。話を聞くのは失敗だったかもしれない。
「言葉で言えば良い問題じゃねぇんだよ」
「では貴女には、この先の輝かしい未来を信じれるんですか?我々には無理です。この天盤が傾くのは、もはや皮肉としか言えません」
迷子で泣きわめくガキみたいに、無駄に存在感がある。方向転換をして距離をとる。これ以上の損耗は痛い。
長ったらしく話してるが要するに、このゲーム自体が間違ってるから、然るべき結果を受け入れて戦争した方がいいって事だろう。多分。
「あんたの思想は嫌いじゃない。でも、やり方が間違ってるよ」
「いいんです。我々の目的は我々が幸せになる事ではないので」
「そうやって責任だけ押し付け…」
コメント欄のたった1文字に目がいった。やらかしたと思ったが、Lost boysと止まった。それだけじゃない。
今この瞬間、このゲームで音が消えた。
「狙って人を"殺"す奴が出た!」
Lost boysが踵を返して飛び出す。何も言わずに、他の機体もついて行く。
「皆さん、Insightの位置は」
「待てよ!」
「あれは我々の光です。あんな子供に、貴女の戦争に巻き込む気ですか!?」
舌打ちをする。うるさいだけだと思っていたこいつが、こういう時には行動派だ。
「我々は自身が戦争をする事に躊躇はありません。ですが、濁して罪の無い人達を巻き込むのは耐え難い。貴女もダーリンを巻き込みたくなければ協力を」
「…あークソ、ムカつく。Insightどこ?教えて」
コメント欄が数字を出す。先に飛んだLost boysの後を追うように飛び出す。
Lost boysが止まる。地上に居るのはInsightともう一機。軽量型で質量武器を持っている。
横に転がる残骸は、胴体を潰されて動かない。中身が死んでいるのは明白だ。
「Insight、我々Lost boysが助太刀します」
「要らない」
「何故?」
「楽しんでるんだ、邪魔しないでくれる?」




