GP01 「燃料」
配信を見たことは1度も無い。そんな金は無いし、そんな機械は持ってないから。それでもピボットゲームが、人生を逆転させるきっかけになるかもしれない事位は知ってる。
人の死なない戦争。それにあやかれない俺たち貧困のガキは、その限りじゃない。
盗みに入った倉庫で、初めてロボットを見た時は思わず足が止まった。みんなそうだった。その結果盗みが遅くなって、1人が捕まった。
「それ、お前の取り分な」
受け取った抱えられる程の重さの機械が、一体どれ程の価値があるのか分からなかったけれど、少なくともこれを売れば、今日のご飯はまともなものが食べられそうだった。
命を賭けた結果としては悪くない。次はもっと上手く出来る気がする。そういう試行錯誤の日々が、俺の数少ない楽しみだ。
「足が着いちまったな…このグループも解散か」
最年長のリーダーが情けなく言う。
否定する者は居ない。そうやってこれまで生きてきた俺たちにとっては常識だ。
夜遅くに解散したみんなの顔は酷く疲れていた。もう会わないかもしれないみんなと、軽く言葉を交わして別れた。
住み着いている他人の家の裏の倉庫に、その機械と一緒に腰を下ろす。
明日こいつを売って、もしも高く売れたら美味しいご飯を食べるんだ。
半年前に食べた「ハンバーガー」って名前の食べ物を思い出す。少しだけ暖かいその機械を抱えたまま、美味しいご飯を想像しながら眠りについた。
昼の市場の少し裏。機械類を取引している人達は大体表にはいない。
とは言え初めて訪れたその鉄臭い路地裏に、少しだけワクワクしていた。
通り過ぎる人達が、チラチラと俺を見下ろす。いや、俺の持ってるこの機械だ。
俄然興奮が昂ってくる。見られるだけの価値がある物なんだ。
人あたりの良さそうなおっさんの所に持っていく。
「これ、幾らで売れる?」
おっさんはまじまじと観察してから首を横に振る。
「古すぎる。中身を見なきゃ話にならんが、他を当たってくれ」
「なんだよ、ケチ」
機械を返してもらって後にする。中身と言われたが、分解する必要があるのだろうか。
そうなると費用がかかって厄介だ。そもそもこれはなんの機械なんだろう。
次の取引してくれそうなおっさんも、同じようなことを言って突き返して来た。
「なぁ、これ一体なんの機械なんだ?」
気になって聞いた質問に、おっさんはギロリと俺を睨む。
「…どこで手に入れた?」
「…拾ったんだよ」
不味い質問だったのは理解できた。背中に汗をかく。機械を抱えて逃げる準備をしておく。
おじさんが立ち上がろうとした時、後ろから頭を殴られた。頭を抑えようとして機械で手が塞がっている事に気づく。
後ろに立っていたのは、黒くなった作業着を着た女だった。
「やっと見つけた。ほれ、こっち来な」
「ちょ…」
反論する余地も無く襟を掴まれて引きずられていく。後ろ向きに進みながら、おっさんが座り直すのが人混みで消えた。
人気のない場所に座らされる。女は機械を奪うでもなく俺を見つめている。
「それ、盗んだ?」
「……」
「いや、取り返しに来たとかじゃないよ。別に私は盗まれてないし」
「…そうなのか?」
「当たり」
唇を噛む。初手で誘導に引っかかった。
「それは個人の市場じゃ売れないよ。買い取り手がいないもの」
「…じゃあ、これ何なんだよ?」
「GP、ギアパペットのプログラム。OSってとこかな」
GPのパーツの可能性は少しあった。OSって言う機械は知らない。
女はからかうように笑う。
「お金に困ってるって感じかな?」
「そうだよ」
「素直。じゃあ私と取引しよ。それを私に売って、幾らがいい?」
少し考えてみるが、相場が分からない。
「…ハンバーガーが食べたい」
「そんなんでいいの?」
女が片腕で機械を抱えながら、ハンバーガーを2つ注文する。トレーを持って4人掛けのテーブルに座った。
久しぶりに見るそれに、手の行き場を失う。丸いパンで肉や野菜がはみ出るように挟んでいて、垂れるソースが日光でキラリと反射する。
女がハンバーガーに手を付ける。おそるおそる目の前のハンバーガーを手に取る。
俺の口では到底丸呑み出来ない厚みのそれを、限界まで大きく口を開けて齧る。
汁が顎に漏れる感触が伝わってきて、鼻先に迫る臭いが広がる。
思い出した。これがハンバーガーだ。初めてあの盗賊団での成功の時、みんなでひとつを分け合って食べたんだった。
頬張った口の中を呑み込みながら、手の中にいっぱいのハンバーガーを見る。
これが全部俺の物。
俺が夢中になって半分食べた頃、女が半分食べかけたハンバーガーを目の前に持ってきた。
「これも食べな」
「…いいのか?」
「見てらんないから」
意味は分からなかったが、受け取った半分のハンバーガーを片手で掴んで、両方の手にハンバーガーを持って食べた。
「他には?」
女がそう尋ねてきた。
「…他?」
「相場なら、あと120,000Шってとこ?」
「…あと、ハンバーガー何個?」
「えぇ…ちょっと待ってね…大体130個?」
とんでもない額だ。つまり、1日ひとつ食べても数ヶ月は食べ物に困らないというわけだ。あの機械にそこまでの価値があった事に、今更驚く。
「じゃあ、現金でくれ!」
「食べながら喋らない。後で工場まで行こっか」
「おう!」
どうしようもない胸の高鳴りに、ハンバーガーを食べる手が早くなる。これからしばらくハンバーガー生活が出来る未来を、今手の中にある味で噛み締める。
さっきまで顔中を包んでいた食べ物の匂いはとっくに消え去り、鉄と油の臭いが辺りを包んでいる。
広々とした工場には人はいない。奥に立っているそれを見あげて足が止まった。
「知ってる?」
「知らない」
天井ギリギリの高さまである大きさのギアパペット。盗みに入った時に見た奴よりも細身で真っ黒で、ごちゃごちゃした機械の塊に見える。
その人型の胸の部分に人が乗っていた。白くてボサボサの髪の毛のそいつは、座ってボーッとしている。
黄金色の瞳がこちらを見下ろす。慌てて目を逸らして作業着の女の方に駆け寄る。
作業着の女の方は、鼻歌を歌いながら機械に線を繋げている。それを背中越しに見る。
「何してんの?」
「こいつの情報を見る。内容次第で値段を釣り上げてもいいよ」
「…いいのか?」
「もちろん。不正な取引はいつか身を滅ぼすからね。あんたが何者であれ、取引値段は正直に行かないと」
女が別の機械を取り出してボタンを押すと、繋げられている機械から音が鳴る。女の手元のモニターが起動して、文字の羅列が並び出した。
「…なにこれ」
女は眉を顰めながらモニターを凝視する。
「思ったより簡素だね、これが旧世代型か…」
独り言のようにブツブツ言いながら、また別の機械を取り出して繋げた。
[何か用か?]
女が繋げた機械から低い声がした。振り返った女が目を丸くしている。
「これ、大当たりだわ。10倍位上げてもいいよ」
ということは、ハンバーガーが1000個だ。
「そうだ。まだ名乗ってなかったね。私はロギ。まぁ見ての通りの技師だよ」
手を差し出された。握手をする。
「なぁロギ。それを売ったらさ、俺もピボットゲームに参加できる?」
もしも、もしもそれで人生逆転出来たなら、俺は毎日ハンバーガーが食べられるかもしれない。今日初めて、俺は少し未来のことを考えた。
「無理」
キッパリとそう答えたロギは、またからかうように笑う。
「私はこいつのデータが知りたい。あんたは金が欲しい。そうだろ?」
「そうだ」
「あんたは私が調整したGPにこのOSを積んでゲームに参加する」
「やる」
「まだ細かい説明してないよ?」
「やるよ。それでハンバーガーが食えるようになるなら」
こんなチャンス、もう二度と無いかもしれない。断る理由は無い。




