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GP17 「認識」

「…どう?」


「…美味しい」


「ほんと!」


ここ数日、話し合い試行錯誤を繰り返したココのハンバーガーは、初めて食べた時よりも格段に美味しかった。


嫌いだと言っていた野菜も入っている。


「あのね、お母さんと美味しい野菜料理を色々試してみたの。そしたら初めて美味しいなって思える料理があって、そこから一気に好きになっちゃった」


一気に半分ほど食べてしまったココのハンバーガーを止めて、残りを渡そうとするが、何故かココは少し躊躇した。


「い、いいよ…全部食べて」


「うん」


俺がハンバーガーを食べる所を、ココはじっと見つめている。恥ずかしい。


「…ご馳走様でした。美味しかった」


「えへへ…嬉しい」


いつものベンチから立ち上がったココが、俺の前に来る。夕陽に重なったココの顔が上手く見れない。


「ねぇ…明日さ、家に来ない?」


「え?いいの?」


「うん…お母さんには、シュリ君の事ちょっと話してて、一緒にご飯食べよって」


思わず立ち上がろうとする体を抑えて、俺は頷いた。


「行きたい」


「やった!じゃあ明日、またここで!」


「うん!」


ココが細かい動きをしながら、籠を持ち上げる。


「またね!」


「また」


そう手を振った。




帰りながら、俺は服の事を考える。ショッピングモールに行った時に買えばよかったと後悔するが、あの時は知らないのだから仕方ない。


いつもと少し違う道に入り、商店街を歩いた。食料品や服屋やおもちゃ屋や、モールの中にあった店がこじんまりと並んでいる。


服屋に入って値札を見る。モールで見た時より全然安かった。

自分の体に外から合わせてみて鏡を見る。そこに立つ俺は、何だか頼りない。


店員がジロジロ見ている。そこまで行って質問をする事にした。


「かっこいい服ってあります?」


「え?あー…ちょっと待ってね」


店員は裏に入って色々服を持ってきてくれた。


「その歳で働いてるの?大変ね」


「え?別に大変では無いですよ?」


「そうなの?でも、うちは自分の息子が働いてるの想像出来ないわ」


自分に合わせてみる服は、どれも違う気がする。サイズは合っているけれど、どうも俺の思うかっこいいとは違う。


結局何も買わずに店を出て、暗くなった道を歩きながら、あの服のどれが正解だったのかを考えていた。


工場に戻ると、ロギがニヤついて俺を呼ぶ。


「シュリの優先参加権利が来たよ。2回目なのにやるね」




結局服はそのまま、でも別の作業着に着替えて公園に行くと、いつものようにココが待ってた。


「ごめん。遅れた」


「大丈夫!遅れてないよ!行こ」


ココがぎこちなく手を出してきた。俺もぎこちなく、その手を取った。


「うん」


そう握った手が、少しこそばゆい気がした。ココと手を握りながら着いた家は、普通の民家だった。ココがドアを開けて中に入る。


「ただいま!」


1歩遅れて玄関に入る。鉄の匂いも、油の匂いもしなかった。


どうしたらいいか分からず、とりあえずココの真似をして靴を脱ぐ。俺の靴に比べて、ココの靴は小さい事に今気付いた。


「おかえり。その子が?」


声がして顔をあげる。大人の女性が立っていた。


「…はじめまして、シュリです」


「はじめまして、カナコです」


お辞儀をする俺に合わせて、カナコさんもお辞儀をした。誘導されるがまま机のある部屋に入る。


「よく外で遊ぶ子だけど、人を招いたのは初めてだわ。座って」


「あ、はい」


差し出されたコップにジュースを注いでもらう。隣でココが勢いよくジュースを飲んだ。口を付けてもいいのだろうか。


「もう働いてるんでしょ?ちゃんと食べれてる?」


「はい、大丈夫です」


「最近あのゲームの影響で、ここら辺の家のない子供たちもやっとちゃんと保護されるようになったもんね、友達とかは大丈夫?」


友達。知らない単語が出てきた。


「えっと…多分、大丈夫だと思います」


嘘をついた。


「そっか。シュリ君も、何か大変な事があったら頼っていいからね。私は大人だから」


「…ありがとうございます」


丁度、部屋の隅に置いてあるテレビがピボットテーブルを映した。

先週の、俺の参加した縦になった映像だ。


初参加のInsightが、戦況を文字通りひっくり返したとして、今ピボットゲームのニュースはそれ一色だ。


幸い、パイロット名は出ない。公の放送では、プライバシーとして機体名しか出さない。


「凄いわねぇ」


「…私は嫌い!」


ココが突っぱねる。カナコさんは困り顔をする。


「…シュリ君の仕事も、ゲームに関わってるの?」


「どう…なんでしょう。でも多分、少しは」


また嘘をついた。


「今じゃ、どの仕事もゲームが裏にあるからね。うちの旦那の仕事もそうだしね」


「…どんな仕事なんですか?」


「物流よ、ものを運ぶ仕事の倉庫管理で働いてるの。今じゃ在庫の半分はゲームの物だって、あの人ゲーム好きだから」


「…参加してるってことですか?」


「そんな。あれって、すごいお金かかるのよ?参加してるってのは、それだけで凄いことなの」


どうしようもない居心地の悪さを感じてしまった。今ここで、全てを打ち明けたら楽になるのだろうか。


「もう!その話はいいの!お母さん、今日のご飯何?」


返事を待たず、ドアの開く音がした。カナコさんが立ち上がる。


「…噂をすれば、帰ってきたみたい」


部屋のドアを開けて入ってきた男性と目が合う。カナコさんが俺を紹介した。


「この子、シュリ君」


「…シュリ?あの?」


喉が上手く動かなかった。


「どの?」


「ピボットゲームのだよ!貧困の出で先週のゲームを文字通りひっくり返したあの」


そう言いながら、男性が端末を取り出してカナコさんに見せる。


「…え?」


男性は嬉々としてカナコさんに話している。横のココの声を聞いても、顔すら動かせなかった。


「あ…あの、俺…」


「凄いじゃないか!是非サインを…」


慌ただしく動く男性が躓いて、慌てて机に手を置く。そこにあったジュースのコップが飛んで、中身が俺の作業着にかかった。


「あぁ!ごめん…タオル持ってくるよ」


何も言えない、動けない。横にいるはずのココの呼吸さえ聞こえない。


「これ、着替え」


カナコさんが渡して来た服は、ココの物らしい可愛いらしい服だった。


「ねぇ…お母さん…」


「い、いいです!着替えなんて…」


「でも、冷たいでしょ?」


「そ、その…」


息が詰まる。頭にロギとトゥエルブの顔が浮かんだ。でも、ここには居ない。

誰かに助けて欲しいだなんて、これまで思った事があっただろうか。


「汚しちゃってごめんね。上だけ着替えよっか」


カナコさんが俺の上のジッパーを下ろすのを抵抗出来なかった。

驚いた顔のカナコさんと、横でココが息を飲む音がする。


「…シュリ、君?」


「その…実は俺…」


「女の子…なの?」


「え?違いますけど…」


ココが駆け出して部屋から出て行く。ボソリと言ったその言葉は、上手く聞き取れなかった。




部屋には俺とカナコさんと、男性のコサードさんの3人になった。


俺の身体は女の子だと、カナコさんが言った。ココの服は、図らずも俺の身体にちゃんと合った。


「俺は、あのゲームにInsightとして参加してます」


その告白に、2人は目を合わせた。


「大丈夫。私たちは、あなたがゲームに参加している事に怒って無いし、おかしいとも思ってない。むしろ凄いことよ」


俺は目を合わせられなかった。


「あの子が、まだ分かってないだけなの。学校ではどうしても、あれを夢のある事だとしない為の教え方をするから。最近は学校に行かない日もあるけど」


「…でも、俺はあの子にとって悪い人ですよね」


「いいえ、あの子はまだ、世界を知らないの」


「俺は、ココにとって良い人になりたかっただけなんです…」


「うん、シュリ君の気持ちは分かってるわ。あの子もきっとそのうち分かる」


俯くしか無かった。何も言えなかった。


「…今日はもう遅いし、送ってあげる」


「大丈夫です…1人で帰れます…」


立ち上がって玄関に行く。俺の大きい作業靴を履いて、深くお辞儀をした。


「何かあったら、いつでも来てね…」


「いえ…もう来ません…」


静かに玄関のドアを開けて、ゆっくりと閉める。夜の町を闇雲に走った。


躓いて思い切り転ける。ポケットに入れていた通帳が地面に落ちた。


ココの夢を叶えるのに、俺のお金や名前が使えるかもって、そんな淡い期待があったのを思い出す。


それなのに、何も手に入らなかった。何の役にも立てなかった。

仰向けになって空を仰ぐ。


「何泣いてんの」


星空の中からトゥエルブが顔を出した。視界が揺らいでいる事に気づく。


通帳を拾ったトゥエルブが横に腰を下ろした。


「全然使ってないじゃん、あんた欲とか無いの?」


「…そんなのじゃ、手に入らなかった」


「…あー、そういう事ね。それは同感」


トゥエルブに無理やり起こされる。膝がじんわり痛かった。


「…不可抗力で居なくなった方が、ずっと楽なのにね」


トゥエルブの言葉の意図は分からなかったけど、それが引っかかって取れない。

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