GP09 「人形」
人数 89名
座標 70° 15km
傾斜 70° 15°
詰めるInsightから距離を取るように、相手がバックステップを入れるのに小さく舌打ちをする。
相手の銃撃に反射で横に操縦桿を倒すと、Insightは最小限の動きで弾道から逸れる。
踏み込んだ一撃で相手の銃を手から飛ばしながら、盾を相手の脇に突き立てた。
体勢を崩して尻もちを着いたそいつの頭に蹴りを入れる。顔がちぎれ飛んで倒れた。
サイトウは異常だ。やっと分かるようになってきた。
相手の動きがどう見ても分かりやすい。Aeriallagだって、細かい動きは直線的だった。
でもInsightは、相手の攻撃を最小限に躱し、いかに殺さないかで俺の意思とは逸れた動きをする。
アラート音でブーストを入れる。視界に入る相手は5機、それぞれが全員とやり合いながら、隙を見て別の相手に攻撃を仕掛けていく。
「動きやば クソかっこいい」
「これレギュレーション的にOKか?」
「もうこいつが1位だわ」
「OSがレギュ違反は前例無いしな」
苛立ちながら一体にロックオンする。まだ俺の力じゃない。サイトウの力だ。
今のサイトウは、『非殺傷の命令を受けた、人殺し最適化プログラム』だとロギが言ってた。
俺が情報を得て、それに対応した入力をする。サイトウはその入力の範囲で最適な動きで相手を倒す。
地面が傾いていく。身体が下に動いてるのが分かる。
ここが今、ピボットテーブルの主戦場だ。
[僥倖だ。いいぞシュリ]
「まだだ!」
ブーストを吹かして詰める。正面からのアラート音に横に倒せば、Insightは直進のまま向かってくる攻撃を避ける。
引き撃ちをしようとする相手に銃剣の散弾を撃つ。相手のミサイル落としの役割だが、今のサイトウがミサイルを避けられないとは思えない。
[無粋な選択だ]
「うるさいな。試行錯誤だよ」
それでも僅かに姿勢を崩した相手の一瞬を逃さずDarlingの射撃が入る。
大きく隙を作った相手に飛び込んで、相手の腰の辺りに銃剣を突き刺した。
相手機体がもがく前に引き抜く。地面に落ちた機体は動かなくなる。
「ナイスシュリ」
今の賞賛は、本音か建前かどっちだろう。分からないけれど、自分で作り出した選択に胸が踊る。
まだ戦いたい。そう思う俺の意思を、サイトウが削いでくる。
[機体の熱が篭もりすぎている。1度引いて立て直せ]
「…わかった」
後ろに下がると、トゥエルブは理解したようで戦場から離れる。追いかけて来た機体が居たが、さらに後ろの機体に邪魔をされていて、すんなりと逃げる事が出来た。
「撤退判断ができて偉い」
「シュリはさっきから誰と話してるんだ?」
「撃破数トップなのでは?」
「まじで次元が違うな」
コメント欄の賞賛に素直に喜べなかった。もしかしたら俺は、サイトウと一緒にいる限り同じ事を考えるのでは無いだろうか。
このままサイトウの動きに合わせていると、俺は強くなれないのでは無いだろうか。
「シュリ。機体のコマンド出して」
「あ、はい」
指示された通りにモニターにコマンドを出す。難しい文字と数字がズラリと並んでいた。
少なくとも、フレームの耐久値は全く問題ないが。
「やっぱり細かい関節や部品の劣化が激しいね…ま、無茶苦茶な動きしてるから当然か」
「不味いですか?」
「ここから好戦的に行くのを辞めれば余裕」
分からない数値を眺める。自分の身体じゃないとこうも分からない物か。
「あと無闇に詰めすぎ。機体の負荷蓄積を考えるなら、ここぞ以外は散弾使って間合い取りな」
「…はい」
サイトウは何も言わない。それが少し苛立たしい。
コマンドを閉じて水を飲む。コメント欄の俺とサイトウへの評価は真っ二つだった。
「Insight鬼強ぇ!このまま行け!」
「今のままなら間違いなくハーフタイム前に壊れる」
「これは新時代やわ InsightからGPは変わる気がする」
「実際なんであんな動き出来るん?企業秘密?」
遠くで聞こえてくる戦闘音が、少しずつ落ち着いてきた。今の乱戦で大きく傾いた地面は、今20°まで傾いている。俺たちは下だ。
ピボットテーブルは空中に浮かぶ巨大円盤だが、重力を支えているのは真ん中のみだ。多くのGPが溜まる場所は、その重さで下に傾く。
全体から見ても、何処で人が集まっているかすぐに分かる。好戦的なプレイヤーはそこに集い、そうじゃないプレイヤーはそこから動こうとする機体を待ち伏せする。
斜めになったビルにもたれる用に機体を立たせながら、地形が自力で戻ろうとするのを待つ。トゥエルブはコメント欄と他愛のない話をしている横で、俺はマイクをOFFにした。
「サイトウ。俺って下手かな?」
[そうかもな]
サイトウは飾らない。コメント欄はあくまでInsightを見ている。俺そのものの評価が欲しかった。
[判断こそ悪くないが、やはり半歩遅い]
「どうしたら、機体の負荷を抑えながら戦える?」
[無理だな、この身体は脆い。あいつの言う通り、連携と、機械らしい間合いだろう]
機械らしい間合い。Insightに極力人間らしいサイトウの動きをさせない為の立ち回り。
「シュリ?」
トゥエルブに声を掛けられて、慌ててマイクをONにする。
「あ、はい」
「シュリはこのゲームする前は何してたの?」
予想していない問いに戸惑う。配信というのだから、俺個人としてのキャラクターを話す事を求められているらしい。
「食うために盗みをやってました」
何か設定を考えた方が良かったかと、言った後に思ったが、コメント欄の反応は想像と違った。
「貧困層か 子供はよく捨てられるもんな」
「成り上がり系だ」
「可哀想 うち来る?」
「経済が良くなったのに問題ばっかりだな」
「…じゃあ、この後一緒にご飯いこっか」
「マジすか!?」
まさかあのトゥエルブからそんなお誘いが来るとは思ってなかった。普段のトゥエルブを知っているからこそ、この人主導で外に行けるのかとすら思う。
「何食べたい?」
「ハンバーガーがいいです」
「好きなの?」
「はい!」
何故かコメントは、かわいいで埋まる。その中のコメントのひとつにトゥエルブも反応した。
「かわいい」
「かわいい」
「Meltが近いよ」
「かわいい」
慌てて操縦桿を握るけど、トゥエルブは落ち着いていた。
「Meltって、私を推してるランカーが居るの。基本的に敵対しないし、少し離れた所で見てるだけの人だから」
「…そういう奴も居るんですね」
「まぁ、存在だけ覚えておけばいいよ」
「味方って事ですか?」
「そんな感じ。でも、別に倒していいから」
「俺に倒せますかね?」
「無理だろうね。私のデビュー前はランキング上位常連だった奴だし」
あっさりと言うトゥエルブは、厄介者を扱うような感じだ。
少しずつ戻る地面が、再び傾いた。
「まだ何か居るね。何だろ?」
いつでも動ける体勢を取る。コメント欄が名前を出した。
「Overdoseだ!」
「Overdoseじゃん!逃げろ!」
「Overdoseは不味い」
「Overdose来た!どうする?」
過去の動画でも、スタジアムでも見た名前だ。総合ランキングは4位。パイロット名はマルスコ。
「逃げるよ。あれは化け物だ」
「…見つけた」
声が乱入する。落ち着いた男性の声と一緒に、機体が顔を出す。
Overdoseの目線は俺に向いていた。
「君が噂のロギの所の新人か…面白いアセンブルだ」
「…俺に用か?」
「もちろん。気になって来ちゃった」




