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第8話 初めての冒険は薬草採集

銅のプレートを手に、私は再びギルドホールへと戻った。


 ギルドマスターのドルガンさんが私の登録を認めたことに、冒険者たちはまだ驚きを隠せないようだったけれど、あの大きなドワーフの決定に口を出す人なんて誰もいなかった。


「……ったく。ドルガンさんも人が悪いんだから」


 受付の猫人族のお姉さんは、呆れたようにため息をつきながらも、手際よく私の登録手続きを進めてくれた。


「はい、これで完了よ。名前は……エリスちゃんね。改めて、ようこそ。……死なないでよ」


「ありがとうございます。えっと……」


「ミミよ。受付のミミ。覚えておきなさい」


「はい! ありがとうございます、ミミさん」


「ふん!」

 

 ぷい、とそっぽを向く彼女だけど、その猫耳がぴくぴくと動いているのを見ると、まんざらでもないのかもしれない。


 ツンデレさん、というやつかしら。


 ミミさんは、カウンターの向こうにある依頼掲示板を指差した。


「あんたはFランク。受けられる依頼は、あの青い掲示板に貼ってあるものだけ。依頼書を持って、またここに来なさい。いい? いきなりゴブリン討伐とか、無茶な依頼は受けさせないからね」


 釘を刺すような口調だけど、その言葉には、私を心配する響きが微かに感じられた。

 

 この人、きっと根は優しいんだ。


 私は言われた通り、青い掲示板へと向かった。

 

 そこには、「街のお掃除」や「倉庫の荷物運び」、「迷子の子猫ちゃん探し」といった、戦闘とは無縁の可愛らしい依頼ばかりが並んでいる。

 

 まあ、Fランクの見習いなんて、そんなものよね。


 その中で、私は一枚の依頼書に目を留めた。


【依頼内容:薬草『リリ草』の採集】

【場所:王都南の森】

【報酬:10本につき、銅貨5枚】

【難易度:Fランク】


 薬草採集。

 

 これなら、私にもできそうだ。

 

 戦闘の危険も、ほとんどないと書いてあるし。


 私はその依頼書を剥がし、ミミさんの元へと持っていった。


「……リリ草の採集ね。まあ、あんたにはちょうどいいかも。森はギルドから歩いて半刻ほどの場所よ。これが依頼達成の証明になるから、無くさないようにね」


 ミミさんは、私に子供用の小さな革袋と、依頼書にギルドの印を押したものを手渡してくれる。


 私は革袋をちょこんと肩にかけ、ギルドを後にして、王都南の森へと向かうのだった。


 ◇ ◇ ◇


 森は、王都の城壁を出てすぐの場所にあった。

 

 昼間だというのに、木々が鬱蒼と生い茂り、足元は薄暗い。

 

 湿った土の匂いと、腐葉土の匂い。時折、鳥や獣の鳴き-声が聞こえてくる。


「さて、と……」


 私は、依頼書に描かれたリリ草の拙い絵と、記憶の中の知識を照らし合わせる。

 

 リリ草は、解熱作用のある、ごくありふれた薬草だ。

 

 湿った木の根元あたりに群生していることが多い。


 私は森の中を歩き回り、絵に似た草を探し始めた。

 

 でも、これが思った以上に難しい。

 

 似たような形の草は無数にあり、どれが本物のリリ草なのか、素人の私にはさっぱり見分けがつかない。


「もうっ、これじゃないの……」


 三十分ほど森を彷徨い、ようやくそれらしき草の群生地を見つけた。

 

 間違いない。

 

 葉の形、茎の節の色、依頼書の絵と一致する。


 私は夢中でリリ草を摘み始めた。

 

 一本、二本……。

 

 小さな革袋が、少しずつ緑で満たされていく。


 その時だった。


 ザザッ……。


 近くの茂みが、不自然に揺れた。

 

 鳥や小動物ではない。

 

 もっと、粘性を帯びた、気色の悪い音。


 私は咄嗟に身構え、音のした方を見つめる。

 

 茂みから、ぬるり、と姿を現したのは――。


「スライム……!」


 半透明の、緑色のゲル状の魔物。

 

 大きさはバスケットボールくらいだろうか。

 

 ゲームや小説ではお馴染みの、最弱モンスターの代名詞。

 

 だけど、実際に目の前にすると、その異様な姿は、生理的な嫌悪感をかき立てる。


 スライムは私の存在に気づくと、体をぷるぷると震わせ、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 

 その移動速度は、赤ん坊のハイハイよりも遅い。


 私は、腰に差していた護身用の短いナイフを抜く。

 

 このナイフは冒険者登録の際に、ミミさんから万が一に備えて貰ったものだ。

 

 心臓が、どくどくと高鳴る。

 

 これが、私の、この世界での初戦闘。


 スライムが、射程圏内に入った。

 

 私は、一気に間合いを詰め、小さな体で精一杯、ナイフを振り下ろす。


 ブニッ。


 嫌な感触。

 

 ナイフは、スライムの体に抵抗なくめり込んだ。

 

 だけど、手応えがない。

 

 まるで、ゼリーを斬りつけたみたいだ。


 スライムは、ダメージを受けた様子もなく、逆にその体で私のナイフを絡め取ろうとしてくる。


「きゃっ……!」


 斬撃は、効果がないらしい。

 

 ならば――!


 私は、ナイフを一度引き抜き、大きく後ろに跳んだ。

 

 そして、右手に意識を集中する。


「灯せ――小さき炎よ。初級魔法ファイアボール!」


 手のひらから放たれた火の玉が、スライムに直撃する。


 ジュウウウウウッ!!


 先ほどの木人とは、全く違う反応。

 

 スライムの体が、嫌な音を立てて蒸発していく。

 

 甘ったるいような、焦げ臭い匂いが、あたりに立ち込めた。

 

 数秒後、そこには、ビー玉くらいの小さな魔石が一つ、転がっているだけだった。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をする。

 

 たかがスライム一匹。

 

 それなのに、全身の力を使ったかのような疲労感と、それ以上の高揚感が体を支配していた。


 私は、自分の手で、魔物を倒したのだ。

 

 この世界で、生きていくための力を、一つ証明できた。


 その後も、数匹のスライムに遭遇したけど、一度経験すれば対処は簡単だった。

 

 物理攻撃ではなく、魔法で焼く。

 

 これが、スライムの正しい倒し方らしい。


 服が泥だらけになりながらも、私は数時間かけて、リリ草をようやく十本集めきった。

 

 小さな革袋はずっしりと重く、私の肩に食い込んでいる。


 ◇ ◇ ◇


 夕暮れ時。

 

 私は、再び冒険者ギルドの扉をくぐった。

 

 朝とは違い、ホールは依頼を終えた冒険者たちでごった返している。


 私は、人混みをかき分け、ミミさんのいる受付カウンターへと向かった。


「……あら、生きてたのね。しかも、ちゃんと採ってきたじゃない」


 ミミさんは、私が差し出した革袋の中身を確認すると、少しだけ感心したような顔をした。

 

 その顔には、朝のような侮蔑の色はない。


「はい、銅貨5枚。ご苦労様」


 ミミさんから手渡された、五枚の銅貨。

 

 それは、ひんやりとしていて、ずしりと重かった。

 

 血と、泥と、汗にまみれて、私が初めて自分の力だけで稼いだお金。


「……ありがとうございます」


 私は、その銅貨を強く、強く握りしめた。

 

 学費である金貨150枚には、あまりにも程遠い。

 

 だけど、これはゼロじゃない。


 紛れもない、確かな一歩だ。


「これで、学費には全然足りないけど……でも、これが第一歩なんだから」


 小さな呟きは、ギルドの喧騒にかき消された。

 

 だけど、私の心の中には、確かな熱が灯っている。


 この銅貨五枚から、私の逆転劇は、今、始まったのだ。

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