第72話 私の二度目の人生
「エリス、もう帰っちゃうの?」
ルートスが、名残惜しそうな顔をする。
なんだか、大型犬に懐かれた気分だわ。
「ええ。私にもやることがたくさんありますから」
「そっか……。うん、分かった。また来てくれるかい?」
「もちろんです」
そうして、私とポムはオルダス公爵たちに深く一礼すると、ラスール公爵邸を後にした。
「エリス様。馬車を、ご用意させましょう。もう、日も傾き始めておりますし、何より、冷え込みますから」
「お気遣いありがとうございます、ゼドリックさん」
私は一度、屋敷の重い扉を見た。
そして、その向こう側に広がる、冬の澄んだ空気を思い出す。
「でも、大丈夫です。まだ、明るいですし、なんだか、今日は歩いて帰りたい気分なんです」
「……しかし」
「平気ですよ。すぐ、そこですから」
私がにっこりと笑うと、ゼドリックさんはそれ以上何も言わず、ただ、恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。エリス様の、仰せのままに」
そうして私が屋敷の正門を出ると、後ろではオルダス公爵、ゼドリックさん、そして、数えきれないほどの、メイドさんたち。
それどころか、窓からはルートスまで、身を乗り出して。
屋敷の皆が勢揃いで、私を見送ってくれている。
「エリス嬢、ポム! 道中、くれぐれも気をつけて!」
「はい!」
「きゅん!」
オルダス公爵が、大きな声でそう言ってくれた。
私はもう一度、深く頭を下げる。
そして、この寒い道を、ポムと二人で歩き始めた。
私たちの、家へと。
◇ ◇ ◇
ざく、ざく、と、乾いた土を踏みしめる、音。
私の小さな足音と、ポムのとてとてという、可愛らしい足音だけが、静かな旧市街に響いている。
空気が、痛いほど冷たい。
空を見上げると、灰色の雲の間から白いものがぽろぽろと落ちてきた。
雪だ。
「……わぁ」
手のひらを差し出すと、そこに小さな結晶が舞い降りて、そして、はかなく溶けていく。
もう、そんな季節なのね。
来年の春には、私はあの王立学園に通っているのか。
なんだか、まだ実感が湧かないな。
私は、ふと前世の、あの日のことを思い出した。
雪なんかじゃなかった。
冷たい冬の雨が、降りしきる夜。
私はあの時、一人で暗い道を歩いていた。
今日食べる、ご飯の心配をしながら。
未来への、何の希望も見いだせずに。
ただ絶望しながら、歩いていた。
あの時と今は、全然違う。
確かに、今の私も貧乏貴族の令嬢だ。
アーベント家は相変わらず貧しいし、アルバ公爵という、巨大な脅威もすぐそばに迫っている。
やるべきことも、山ほどある。
だけど。
今の私は、一人じゃない。
私には、私のことを信じて待っててくれる、温かい家族がいる。
お父様も、お母様も、ミレイユも、そして、リアも。
私の帰る場所が、ある。
私は自分の力で、お金を稼ぐことができている。
錬金術という、誰にも真似できない、最強の武器が。
そして何より、 私の横には――
「きゅん?」
私が立ち止まったのに気づいて、ポムが不思議そうに、私の顔を見上げていた。
私はしゃがみ込むと、その小さな温かい体を、力の限り抱きしめた。
「……なんでもないの。ただ、あなたがいてくれて良かったなって、思っただけよ」
「きゃん!」
ポムが嬉しそうに、私の頬をぺろりと舐める。
くすぐったくて、温かい。
そうだ。
私はもう、一人じゃない。
こんなにもたくさんの大切なものに、囲まれている。
これ以上、何を望むというのだろう。
「ポム! 早く、お家に、帰りましょう!」
私は、立ち上がった。
そして、冷たい風に背中を押されるように、駆け出す。
「お母様たちが、待ってるわ!」
「きゃん! きゃん!」
ポムも私の弾む心を感じ取ったのか、楽しそうに私の前を先導するように、走っていく。
雪が少しずつ強くなってきた。
だけど、私たちの心は暖炉の火よりも、ずっと、ずっと温かかった。
これが、私の二度目の人生。
没落貴族に転生した、私の逆転劇。
そして、来たる春。
王立ラピスフォード学園という、新たな舞台で、私の本当の戦いが始まるのだ。
私はポムと笑い合いながら、温かい光が待つ、我が家へと走っていくのだった。
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