第71話 それぞれの誓いと、春を待つ蕾
時が経ち、王立学園での激闘がまるで嘘だったかのように、王都ラピスフォードは静かな冬の訪れを迎えていた。
私はあの日以来、ラスール公爵邸を定期的に訪れている。
もちろん、ルートス令息の病状の経過観察のためだ。
「エリス様! お待ちしておりました!」
今日も、執事長のゼドリックさんが以前とは比べ物にならないほど丁重な態度で、私を屋敷の奥へと案内してくれる。
廊下をすれ違うメイドさんたちも、私に気づくと、そっと足を止めて、尊敬の念を込めたお辞儀をしてくれる。
なんだか、むず痒い。
私はすっかり見慣れた令息の部屋の扉を、コンコンとノックした。
「はーい! どうぞ!」
中から、以前の彼からは想像もつかないほど、元気な声が返ってくる。
私が扉を開けると、ベッドの上で上半身を起こしていたルートス令息が、ぱあっと顔を輝かせた。
「あっ、エリス!」
「ルートス、元気にしてる?」
私がそう言うと、彼はベッドから抜け出そうとする勢いで、私に手を差し伸べてきた。
その手を私がそっと握ると、彼は私の手を、両手でぎゅっと握りしめる。
「合格、おめでとう! 本当に、すごいよ!」
「ありがとう、ルートス」
彼の頬は、健康的な血色で、ほんのりと赤く染まっている。
もうあの時の青白い陶器のような肌は、どこにもなかった。
彼は心の底から嬉しそうに、そう呟いてくれる。
まだ体調は万全ではない。
それでも、彼の体力が順調に回復しているのが一目で分かった。
「きゅーん!」
私の自慢の相棒、ポムはとっくに私を置いて、ベッドの上へと飛び乗っていた。
そしてルートスの膝の上で、気持ちよさそうにお腹を見せている。
ルートス様はそんなポムを、優しく、優しく撫でていた。
そのあまりにも平和で、温かい光景。
すると部屋の入り口では、オルダス公爵とゼドリックさんが、目を細めてその様子を眺めている。
「オルダス公爵、無事、試験は受かりました」
「ああ、そう聞いている。君のその素晴らしい才能は、まさに、奇跡としか言いようがない」
「オルダス様の言う通りでございます」
ゼドリックさんも、深く、深く頷いている。
「エリス様は、ラスール家にとって、かけがえのない恩人でございます」
二人して、私を褒めまくる。
うう、なんだかすごく恥ずかしい。
私は、ただ自分の持てる力で、必死に薬を作っただけなのに。
「そ、そんな大したことじゃ……」
「謙遜する必要はない」
オルダス公爵は朗らかに笑うと、一つの嬉しい知らせを私に告げた。
「我が息子、ルートスも、来たる春より、王立ラピスフォード学園に入学することが、正式に決定した」
「本当ですかっ!?」
私は驚いてルートスの顔を見た。
彼は照れくさそうに笑っている。
「エリス嬢、我が息子ルートスと共に、学園生活を送って欲しい。父として、心からそう願っている」
オルダス公爵はそう言って、自慢の顎髭を優雅に撫でた。
ルートス令息は、私と年齢は変わらない。
だから、一応来年は学園に入学する予定だったはずだ。
だけど、あの原因不明の病によって、その未来は一度閉ざされかけていた。
公爵様も、ルートス様の入学を諦めるべきかどうか、深く頭を悩ませていたらしい。
そこに、私が現れた。
公爵家にとって、私は本当に奇跡の少女だったのだろう。
そんなことを考えていると、ルートス令息が私に向かって、はにかむように言った。
「エリス。君と来年から一緒に学園に行けるのを、本当に楽しみだよ」
「そ、そうですか......」
陽の光を受けて、彼の銀髪がきらきらと輝く。
「わ、私も、楽しみにしていますね」
私は慌てて、淑女の笑みを取り繕う。
「ただ、まだ体は万全ではないのですから。しっかりと、体の回復に努めてくださいね」
「それは、もちろん!」
ルートスは、力強く頷いた。
「エリスが錬金したポーションは、本当にすごいよ! 飲むたびに、体の奥から温かい力が湧いてくるんだ」
「ありがとうございます。お口に合ったようで、何よりです」
私はルートスの素直な褒め言葉に、素直に頷いた。
こうして、しばらく穏やかな時間を過ごした後。
私はポムを抱き上げて、ベッドから降りた。
「それじゃあ、私は、そろそろ、失礼しますね」
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