第64話 最高の学び舎
光の奔流が収まり、私の足は再び固い地面を踏んでいた。
転移魔法独特の、体がふわりと浮くような感覚がまだ少しだけ残っていて、なんだか不思議な気分だ。
ひんやりとした空気が、火照った頬に心地よい。
周りを見渡すと、そこはさっきまでいた転移の間だった。
床に描かれた巨大な魔法陣が、役目を終えたように静かな光を放っている。
森の中で聞こえていた風の音も、魔物の気配も、ここにはない。
まるで舞台袖に戻ってきたかのように、がらんとしていて静かだ。
誰も、まだ戻ってきていないみたい……。
あの黒髪の剣士のさんや、泣き虫だけどすごい魔術師のユリさん、それに、あの不思議な雰囲気の金髪の聖女さん。
みんな、無事にオーブを見つけられたらいいけれど。
私がそんなことを考えていると、転移の間を担当していた試験官が、壁際に控えていた場所からすっと私の元にやってきた。
その表情は相変わらず平坦で、何を考えているのか全く読めない。
「よくぞ無事に戻ってきた、受験生」
試験官は、抑揚のない声で告げる。
「試験は終了したと見てよいか。回収したオーブを見せてもらおう」
「はい」
私はそう短く答えると、少し震える手でポーチに手を伸ばした。
中から、今日の私の戦いの成果である、三つの水晶玉を取り出す。
最初に手に入れた、澄み切った空のような青。
洞窟の奥深くで、巨大な蜘蛛から奪い取った、妖しい輝きを放つ紫。
そして最後に、女神像の広場で、魔法と激しく撃ち合った、燃えるような赤。
魔力を失ったオーブは、もうただの綺麗なガラス玉みたいに見える。
だけど、私にとっては、一つ一つが、今日の必死だった時間を証明してくれる、大切な勲章だ。
傷や泥が少しついているのも、なんだか誇らしい。
私はそれを、試験官の前に、そっと差し出した。
試験官は無言で一つ一つを手に取り、その色と数を確認していく。
彼の指先が、オーブに触れるたびに、私の心臓が小さく、どきりと跳ねた。
やがて彼は、こくりと静かに頷いた。
その微かな動きに、私の全身から力が抜けていくのを感じる。
「確かに三色。時間内の帰還を確認した。これにて、君の最終試験は終了とする。ご苦労だった」
「終わった……!」
本当に、終わったんだ。
長くて、短くて、そしてとてつもなく濃密だった一日。
私はほっと安堵の息をつく。
膝が少しだけ、がくがくと震えているのが自分でも分かった。
もう、立っているのもやっとなのかもしれない。
「合否の結果は数週間後、正式に通達される。それまで、静かに待機するように」
「はい。分かりました」
私は受験票代わりだった水晶カードを試験官に手渡した。
彼はそれを受け取ると、さっと背を向け、戻っていく。
最後まで、感情の見えない人だったな。
私も、その場から静かに離れる。
転移の間を出て、人気のない学園の長い廊下を、一人とぼとぼと歩く。
大きな窓の外は、もうすっかり夕暮れの色に染まっていた。
オレンジ色の優しい光が、磨き上げられた廊下に長く伸びて、私の小さな影を映し出している。
遠くに見える、白亜の校舎が夕日に照らされて、まるで夢の中の景色のように、息を呑むほど綺麗だった。
王立ラピスフォード学園……。
この国で、最高の学び舎。
もし、本当にこの学園に通うことができたら、どれだけ素晴らしいことだろう。
錬金術の知識を、もっと、もっと、深められる。
正式な錬金術師にだって、なれるかもしれない。
私の知らないたくさんの世界が、きっとそこには広がっているはずだ。
私はそんな輝かしい未来を思い描きながら、ふと足を止めた。
そして、ゆっくりと前を向く。
今はただ、結果を待つしかない。
私はゼドリックさんが待ってくれている正門へと向かう。
足取りは、疲労で鉛のように重いはずなのに、不思議と、少しだけ軽かった。
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