第63話 石像と赤いオーブ
三体の、美しい女神の像。
左右の、二体の女神は知らない顔だった。
だけど、その中央に立つ、一体の女神像を見て、私の足はぴたりと止まった。
慈愛に満ちた、作り物の笑み。
全てを見下すかのような、傲慢な角度の顎。
間違いない。
私をガラクタ呼ばわりして、この世界に放り込んだ、あの性悪女神。
「……レイア。しっかりと、女神をやってたのね」
私の口から、氷のように、冷たい声が漏れた。
胸の奥で、黒い怒りがふつふつと湧き上がってくる。
今すぐ、この像に最大火力の《スパイラル・フレア》を叩き込んで、粉々に砕いてやりたい。
だけど――。
私はかろうじて、その衝動を抑え込んだ。
ダメよ、私。
こんなところで女神像を壊したら、不敬罪で、試験どころじゃなくなるわ……!
今は、耐える時だ。
いつか、必ず本物のあんたの鼻を、明かしてやるんだから。
私はレイアの像を忌々しげに一瞥すると、本来の目的を思い出した。
ユリさんの話だと、ここら辺に浮遊しているとか言ってたけど。
私は再度、広場の中を注意深く見回す。
だけど、それらしきものは、どこにも見当たらない。
でも、ユリさんは嘘をついていないだろう。
何せ、ここら周辺から微かに、オーブ特有の純粋な魔力を感じるからだ。
だけど、私の目には全く見えない。
どうしたものかと考えていると、一つ思いついた。
もしかして、見えないだけなのではないかと。
魔法か何かで、姿を隠しているのかな。
私はそう考えると、広場の中央に立った。
そして、両の手のひらをゆっくりと、空へと広げる。
空中に、水の魔法陣を展開し、詠唱を開始した。
「我が水よ、全ての理を、洗い流せ!――《ウォーターシャワー》!」
私が、そう詠唱する。
すると、魔法陣から大量の清らかな水が放たれた。
それは、まるで噴水のように、高く舞い上がる。
きらきらと輝く無数の水滴となって、広場全体に降り注いでいく。
すると、その瞬間。
レイア像の、ちょうど頭上。
何もなかったはずの空間で、水滴がぱちぱちと弾けるのが見えた。
水に当たった影響なのか。
そこに、ぼんやりと赤い輪郭が浮かび上がる。
そしてついに、その完全な姿を現した。
ユリさんに教えてもらわなかったら、永遠に分からなかったかもしれないわ。
「見つけたわよ、赤オーブ」
私がそう言った、その瞬間。
赤いオーブは、ピカリ!と、強い光を放った。
そして、私に向けて炎の魔法を放ってくる。
灼熱の、火の塊。
まるで、私が使用しているファイアボールみたいだ。
「なるほど、攻撃もしてくるのね」
私はバックステップで、それを回避する。
オーブが魔法で攻撃をしてくるなんて、侮れないものだ。
赤いオーブの攻撃は単純で、そして苛烈だった。
次から、次へと休む間もなく、《ファイアボール》を撃ち込んでくる。
その、一発一発の威力は大したことはない。
だけど、その連射速度は驚異的だった。
「くっ……!」
私は広場に点在する、女神像を盾にするように走り回る。
おかげで、レイア像はあっという間に火の玉で黒焦げになっていった。
私は、冷静に反撃の機会を窺っていた。
オーブの攻撃は、確かに速い。
だけどその分、魔力の消費も激しいはずだ。
必ず、隙ができる。
私はレイア像の背後に隠れながら、炎の魔力を練り上げた。
そして、オーブの一斉射撃が、一瞬だけ途切れたその瞬間。
ほんの、コンマ数秒だけ、その輝きが弱まるその隙を、私は見逃さなかった。
――今!
私は像の影から飛び出した。
そして、炎を放つ。
「お返しよ!《ファイアボール》!」
両の手のひらから、数十発の、炎の弾丸を、乱射する。
オーブは、慌ててそれを迎撃しようとするが、全ては捌ききれない。
数発の炎が、オーブの表面を捉えた。
パリン、と、表面の魔力障壁にヒビが入るのが見えた。
あと、一押し!
私がとどめの一撃を放とうとした、その時だった。
赤いオーブが、今までで一番強く輝いた。
オーブの周囲に、いくつもの炎の魔法陣が展開されていく。
そこから放たれたのは、もはや弾丸などという生易しいものではなかった。
巨大な、炎のレーザー。
それが四方八方から、私を包み込むように迫ってくる。
もう、どこにも逃げ場はない。
「……なら!」
私は、覚悟を決めた。
回避ができないなら。
こっちも最大火力で迎え撃つまで。
「燃え盛るは、地獄の業火! 螺旋を描きて、我が敵を、貫け!」
私の両の手のひらに、炎と、風の魔力が渦を巻く。
「――喰らいなさいっ!《スパイラル・フレア》!!」
私が放った、灼熱の竜巻と。
オーブが放った、炎のレーザー。
その二つが、広場の中央で激突した。
――轟音。
世界が、赤く染まる。
衝撃波が、私の小さな体を木の葉のように、吹き飛ばした。
私は受け身も取れずに、地面に叩きつけられる。
「……うっ……」
全身が、痛い。
意識が、朦朧とする。
だけど、私は必死に顔を上げた。
勝敗の行方を、この目で、確かめるために。
煙が晴れていく。
赤いオーブは輝きを完全に失っていた。
「はぁ……はぁ……、なんとか、勝ったわね」
私は、ふらつく足で立ち上がる。
そして、地面に落ちた赤いオーブを拾い上げた。
最後の赤オーブは手強かったけど、無事勝てて良かった。
だんだんと、陽も暮れてきている。
森が夕闇に包まれ始めていた。
時間も迫っている。
私はポーチに、赤いオーブを入れた。
「よし、青、紫、赤、全部オーブが揃ったわ」
私はポーチの中にある三つのオーブを確認し、転移石を取り出す。
そして、私は転移石を使用し、学園の転移場所へと戻るのだった。
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