第59話 洞窟の闇に潜むもの
最初のオーブを手に入れた達成感も束の間、私の思考はすぐに次へと切り替わっていた。
あと二つ。
制限時間は、本日の夕暮れまで。
残された時間は、決して多くはない。
私は再びその場にしゃがみ込むと、目を閉じて、森全体に意識を広げた。
錬金術師の研ぎ澄まされた魔力感知能力。
それが、今の私にとっての唯一のコンパスだ。
私は、意識を集中させ、オーブの気配を探す。
あった、こっちの方角。
まるで、洞窟の奥深くで、ひっそりと輝く宝石のような気配。
「よし、決めたわ。次は、あなたよ」
私は、目を開けた。
そして、感知した方角へと、迷うことなく歩を進める。
◇ ◇ ◇
魔力の気配を頼りに、森の中を三十分ほど進んだだろうか。
やがて、私の目の前にごつごつとした、巨大な崖が姿を現した。
そして、その崖の中腹に、ぽっかりと黒い口を開けている。
洞窟だ。
入り口からは、ひんやりとした湿った空気が、絶えず流れ出ている。
苔と、カビの、独特の匂い。
奥からは、何も聞こえてこない。
ただ、不気味なほどの静寂が広がっているだけ。
「……いやいや、怖すぎるんですけど!?」
思わず、私の口から、素直な感想が漏れた。
前世のホラー映画で、主人公が絶対に入ってはいけないタイプの、典型的な場所じゃないのここ。
だけど、魔力の気配は明らかに、この洞窟の奥深くから発せられている。
行くしかないのよね……。
私は、ごくりと喉を鳴らし、覚悟を決めた。
そして、初級魔法の《ライト》で、その先端に柔らかな光を灯す。
即席の、松明代わりだ。
私は、その光を頼りに、一歩、また一歩と、暗い暗い洞窟の中へと、足を踏み入れていく。
洞窟の内部は、想像以上に広く、そして不気味だった。
天井からは、鍾乳石がまるで巨大な獣の牙のように、無数に垂れ下がっている。
その先端から、ぽたん、ぽたん、と、冷たい水滴が規則的に滴り落ちていた。
その音が、静寂の中で、やけに大きく響き渡る。
壁は、ぬるりとした粘液のようなもので覆われていた。
私は、できるだけ壁に触れないように、慎重に奥へと進んでいく。
奥に進むにつれて、魔力の気配は、どんどん強くなっていた。
もう、すぐそこだ。
やがて、通路がぱっと開けた。
そこは、ドーム状の、広間のような空間だった。
そして、その広間のちょうど真ん中に。
ぽつんと、一つだけ古びた、木製の宝箱が置かれていた。
「……宝箱?」
あまりにも、唐突。
そして、怪しすぎる。
こういうのは、大抵、罠なのよね……。
私は、前世で見たゲームや映画の知識を思い出す。
宝箱に化けた、凶暴な魔物、ミミック。
あるいは、開けた瞬間に、毒ガスや呪いの矢が噴き出してくる、古典的なトラップ。
私は警戒しながら、宝箱の周囲を目視する。
特に罠が仕掛けられているような気配はない。
試しに、足元に転がっていた小石を宝箱に向かって投げてみる。
こん、と、乾いた音がしただけで、何も起こらない。
「うーん……」
魔力の気配は、間違いなくこの宝箱から発せられている。
だとしたら、オーブはこの中に?
だけど、それにしては、あまりにも無防備すぎる。
開けてみるしかない、か。
私は意を決して、宝箱にゆっくりと近づいた。
そして、その錆びついた蓋に、そっと手をかける。
心臓が、どきどきと、高鳴る。
お願いだから、ミミックだけはやめてよ……!
ぎぃぃ……。
古びた蝶番が、不気味な軋み音を立てる。
私は身構えながら、ゆっくりと、蓋を持ち上げた。
そして、その中身を見て、私は拍子抜けしたように肩の力を抜いてしまう。
「……ええーっ!? 空っぽ!?」
宝箱の中は、埃だらけで、蜘蛛の巣が張っているだけ。
何も入っていなかった。
「おかしいわ。魔力の気配は間違いなく、この宝箱からしていたはずなのに……」
私が宝箱の底板でも外れるのかと、中を覗き込んだその時。
――ヒュンッ!
強い、魔力反応。
そして、風を切る音。
宝箱の後ろの影から、紫色の閃光が天井に向かって、高速で飛び去っていくところだった。
オーブだ!
宝箱の後ろに隠れていたのね。
「待ちなさい!」
私は叫びながら、飛び去っていく紫色のオーブを見上げた。
そして、その視線の先に信じられないものを見てしまった。
天井の、闇。
その闇へ完全に同化するように。
私の体の何倍も、何十倍も、巨大な何かが張り付いていた。
毛むくじゃらの、太い、八本の脚。
カチカチと、不気味な音を立てる鋭い牙。
そして、暗闇の中で、ぼんやりと、赤く輝く無数の複眼。
「……く、も……」
巨大な、蜘蛛の魔物。
それが、まるで悪夢のように、私を見下ろしていた。
「ひっ……!」
あまりの恐怖に、私の腰が抜ける。
どさっ、と、無様にその場にしりもちをついてしまう。
だけど、私の心はまだ死んでいなかった。
オーブを、逃がすわけには、いかない……!
恐怖に震えながらも。
私の、戦闘本能が叫んでいた。
私はしりもちをついたまま、体勢を崩しながらも、即座に右の手のひらを天井へと突き出す。
「落ちなさいっ!《ファイアボール》!!」
放たれた炎の弾丸が、一直線に飛び去る紫色のオーブを、正確に撃ち抜いた。
パリンッ、という、甲高い音。
オーブは光の粒子となって、砕け散り、ただの紫色の水晶玉となって私の足元にころんと、転がってきた。
私はすぐさま、それをポーチに入れる。
――ギシャアアアアアアアッ!!
その瞬間。
天井から鼓膜を引き裂くような、甲高い怒りの咆哮が降り注ぐ。
その無数の赤い複眼が、一斉に憎悪の光を宿して私を捉えた。
絶体絶命。
私の、二度目の本格的な戦闘の火蓋が、今切って落とされた。
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