第58話 試練の森で掴んだもの
私はまず、周囲を見渡した。
他の受験生たちの姿は、どこにも見えない。
どうやら、全員バラバラの場所に転移させられたらしい。
たった一人でこの広大な森の中から、三つのオーブを見つけ出さなければならないのだ。
ごくりと、乾いた喉が鳴る。
だけど、不思議と恐怖はなかった。
私の心は、むしろこれから始まる試練への、静かな高揚感に満ちている。
私はポーチから、一枚の羊皮紙を取り出す。
それは試験官から渡されたこの森の簡易的な地図だ。
それによると、この森は中央に大きな湖があり、それを取り囲むように、草原や湿地帯岩場などが広がっているらしい。
闇雲に探すのは、非効率的ね。
私はその場にしゃがみ込むと、目を閉じて、意識を集中させた。
オーブが、魔力で浮いているのなら。
その周りの、魔力の流れは、必ず乱れているはず。
錬金術で鍛えた、私の精密な魔力感知能力。
それが、この試験の最大の武器になる。
私は、森全体の巨大な魔力の流れの中に、不自然な「淀み」や「渦」がないか、慎重に探り始めた。
あった。こっちの方角。
微かだけど、何かが、魔力を乱しているわ。
私は、目を開けた。
そして、確かな足取りで森の奥へと進み始める。
しばらく木々の間を歩き続けていると、視界が、ぱっと、開けた。
目の前に、広大な草原が広がっている。
心地よい風が、私の金髪を優しく揺らした。
空は、どこまでも、青く澄み渡っている。
なんて、綺麗な場所だろう。
私は思わず足を止めて、深呼吸をした。
だけど、のんびりしてはいられない。
魔力の乱れは、この草原のさらに向こう側。
再び、森の中へと続いている。
私は草原を駆け抜け、再び、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた。
中は昼間だというのに薄暗いし、木の根が、複雑に絡み合い歩きにくい。
だけど、魔力の乱れはどんどん強くなっている。
近いわ。
そして、ついに私はそれを見つけた。
木々の間に、ぼんやりと、青い光が灯っている。
近づいていくと、それは、ボールくらいの青い水晶玉だった。
ふわり、ふわりと、宙に浮いている。
「やっと見つけたわ。青色の、魔力オーブ……!」
だけど、どうやってあれを手に入れようかしら。
私は悩んでいると、青いオーブは、私の存在に気づいたらしい。
ぴかりと、強く光った。
そして、するりと森の奥へと逃げていく。
「あっ、待ちなさい!」
私は慌てて、その後を追った。
オーブは、驚くほど素早い。
木々の間を、まるで、生き物のように、巧みにすり抜けていく。
「くっ……! 逃がさないんだから!」
私は地面を全力で蹴った。
「風よ、我が足に疾き翼を!《ヘイスト》!」
体が、羽のように軽くなる。
私は、木の幹を足場にして跳躍した。
枝から枝へと、まるで、リスのように飛び移りながら、オーブとの距離を詰めていく。
だけど、青いオーブも負けてはいない。
急降下したり、鋭角に曲がったり。
まるで、私をからかっているかのようだ。
このまま追いかけっこをしていても、埒が明かない。
――なら!
私は走りながら、右の手のひらに炎の魔力を集中させる。
「逃げられると思わないで!」
狙いを定める。
予測射撃!
「初級魔法!」
放たれた炎の弾丸が、一直線にオーブの逃げ道へと突き刺さる。
ドッ!という音と共に、オーブの目の前の地面が爆ぜた。
驚いたオーブが、一瞬だけ動きを止める。
その、コンマ数秒の隙。
私には、それで十分だった。
「――これで、おしまい!」
私は、追撃の第二射を放つ。
今度こそ、炎の弾丸はオーブの中心を正確に捉えた。
――パリンッ!
ガラスが、砕けるような甲高い音。
青いオーブは、無数の光の粒子となって、森の空気の中に溶けて消えていった。
そして、その光が消えた場所には、魔力が完全に抜け落ちただの青い水晶玉が、ことり、と地面に落ちている。
「はぁ……はぁ……」
私は、肩で息をする。
だけど、その心は大きな達成感で満たされていた。
私は、その青い水晶玉を拾い上げる。
ひんやりとしていて、とても綺麗だった。
私は、それを大事にポーチの中へとしまい込む。
これで、一つ目。
あと、赤、紫。
「さあ、次を探しましょう!」
【お知らせ】
いつも『転生処理ミスで貧乏貴族にされたけど、錬金術で無双します!』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 作者の、そららん(空月)です。
この度、皆様に最高のご報告があります!
本作が、書籍化されることが決定いたしました!
いつも温かい応援や★、レビューを送ってくださる皆様のおかげで、 信じられないようなご縁をいただくことができました。 本当に、本当にありがとうございます!
9月5日に連載を開始してから、2ヶ月程度、 このように素晴らしいお話をいただけたのは、 ひとえに、本作を見つけて読み続けてくださった読者の皆様の応援のおかげです。
書籍化に向けて、これからイラストレーターさんや編集者様と、 皆様に最高の形でお届けできるよう、全力で頑張ってまいります。
詳細につきましては、 出版社様からの「情報解禁」があり次第、追ってご報告させていただきますので、 もう少々お待ちください。
Web版の連載も、もちろん引き続き頑張ります! これからも、主人公の活躍を、 どうぞよろしくお願いいたします!
取り急ぎ、感謝とご報告まで。
空月そらら




