第55話 レシピなき挑戦
机の上は、まさにカオスだった。
回復薬の材料になるリリ草の隣に、猛毒を持つトリカブトが平然と置かれている。
純粋な湧き水の入ったフラスコの横には、錬金を阻害する性質を持つ、鉄分を多く含んだ濁った水。
一見しただけでは、どれが使えて、どれが罠なのか見分けるのは至難の業だ。
だけど、この植物の匂い。
図鑑で見た、アルカロイド系の毒草にそっくりね。
私はまず、トリカブトによく似た毒草をそっと取り除く。
錬金術の修練のおかげで私の五感は、物質が放つ微弱な魔力や、その性質を敏感に感じ取れるようになっていたのだ。
こっちのお水は……ダメね。魔力の流れが、濁ってる。
これじゃ触媒が、正常に機能しない。
次に、鉄分を含んだ濁った水を脇にどける。
そして最後に、残った素材の組み合わせを頭の中でシミュレーションしていく。
この薬草と、あの鉱石を混ぜ合わせると……。
ダメ。この組み合わせは、連鎖的な酸化反応を引き起こして、熱暴走を起こす。
私はいくつかの、危険な組み合わせの素材をさらに取り除いた。
そして、メアリー先生が仕掛けた、巧妙な罠は全て見抜く。
「――先生」
私が声をかけると、今まで、にへらーっと笑っていたカリス先生の、眠そうな瞳の奥がきらりと鋭い光を宿した。
「これらの素材は、錬金には使えませんよね?」
「……へぇ。あんた、面白いね。気づいたんだ」
彼女の口調から、だらしなさが少しだけ消える。
「じゃあ残った、その安全な材料で、君は何を作るんだい?」
「はい」
私は胸を張って、宣言した。
簡単な回復ポーションなんかじゃこの試験官は、きっと満足しないだろう。
だからこそ私は、あえて難易度の高い錬金に挑む。
「これから私は、中級レベルの魔力回復薬――《マナポーション》を錬成します」
私の言葉に、メアリー先生の目が興味深そうに細められた。
中級のマナポーションは、ただの回復薬よりも遥かに高度な、魔力コントロールを要求される。
八歳の子供が、レシピもなしに作れるような代物ではない。
「……面白い。やってみなよ、エリスちゃん」
彼女の許可が出た。
私の本当の試験が、今始まる。
私はフラスコに向けて、全ての神経を、その一点に集中させる。
「万物は、流転する。古き形を解き放ち、その原初の姿へと還れ」
私の指先から、光の糸が紡ぎ出される。
空中に、複雑な分解用の魔法陣が描かれていった。
私は残された材料の中から、光の魔石と銀の粉末、そして聖水と呼ばれる清浄な水を、選び取る。
錬金が、始まる。
最初に聖水をフラスコに入れ、魔法陣の力でその霊的エネルギーを、最大限まで活性化させる。
次に、銀の粉末を投入。
液体が、まるで星空のようにきらきらと輝き始めた。
メアリー先生は最初は、興味なさそうに頬杖をついて、その様子を眺めていた。
だが、私の子供離れした精密な魔力コントロールと、一切迷いのない手順を見て、次第にその表情が真剣なものへと変わっていくのが分かる。
そして、最後の工程。
私の錬金術師としての力の源泉。
黄金色の、「賢者の光」をフラスコへと注ぎ込む。
その瞬間――
部屋中が、眩い黄金の光で満たされた。
それは、ただ明るいだけじゃない。
温かくて優しくて、そしてどこまでも神聖な光。
「……あの光は……。まさか……“原初の光”……!?」
メアリー先生が戦慄に、声を震わせるのが聞こえた。
だけど今の私には、それに構っている余裕はない。
光が、収まった時。
フラスコの中に完成していたのは、まるで夜空の星々を、そのまま溶かし込んだかのような、美しく、そして静かに輝く紺色の液体だった。
「……できました」
私が、完成したマナポーションを差し出すと、メアリー先生は、震える手でそれを受け取った。
そして、その完璧すぎる品質に言葉を失っている。
「……ありえない。こんな純度のマナポーション、簡単には作れないのに……」
やがて彼女は、だらしないいつもの態度を完全に捨て去っていた。
そして一人の錬金術師として、私の前に向き直る。
「……君、名前は?」
「エリス・フォン・アーベントです」
「アーベント……そうか……」
カリス先生は何かを、噛みしめるように呟いた。
そして、顔を上げる。
「――合格だ。文句なしの、満点合格だよ、エリスちゃん」
その、最高の賛辞。
私はほっと、安堵の息を吐いた。
「君みたいな子がこの学園に入ってきてくれると、私は嬉しいよ」
「は、はい! 頑張ります!」
私は深々と、頭を下げた。
第一試験、突破だ。
◇ ◇ ◇
講堂に戻る、長い廊下。
私はまだ興奮で火照った頬を、両手でぱたぱたと扇いでいた。
次の第二試験は、魔力測定。
今の私なら、きっと大丈夫。
そんなことを、考えていた時だった。
向かいの廊下から、試験を終えたらしい一人の受験生が歩いてくるのが見えた。
陽だまりのような優しい雰囲気を持つ、金髪の聖女風の少女。
彼女は試験が、うまくいったのか晴れやかな表情をしている。
私と彼女が、すれ違うその瞬間。
彼女が、ぴたりと足を止めた。
そして私のことを、じっと見つめてくる。
「……あら?」
その、透き通るような翠の瞳が、興味深そうに細められた。
「あなたから、とても良い香りがしますわね……女神様かしら?」
彼女はそう謎めいた言葉を残すと、ふふっと小さく微笑んで去っていった。
一人残された私は、ただ呆然とその場に立ち尽くすことしかできない。
一体、今の少女は何者?
そして私の、香り……?
まあ、あれは恐らく変人の類だろう。
特別入試を受ける人あるあるだ。
そんなことを思いながら、私は足早に次の試験会場へ向かうのだった。
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