第50話 家族の誓い
話が終わり、私が部屋を出ると、廊下で、ドルガンさんが、腕を組んで、待っていてくれた。
「流石だったな、小娘。公爵閣下を、完全に、手玉に取りおったわ」
「もう、ドルガンさん! からかわないでください!」
私たちは、並んで屋敷の、長い長い廊下を歩いていく。
「それで、ここから、歩いて帰るんですか?」
「なんだ? また、お姫様だっこでも、されたいか?」
「そ、そんなこと、言ってません!」
「がっはっは! すまねえが、久しぶりに、全力で走ったもんでな、もうくたくただ。歩いて、帰るぞ」
ドルガンさんがそう言うと、私は、むすーっと頬を膨らませた。
ポムも、私の足元で楽しそうに尻尾を振っている。
こうして、私たちは、ゆっくりと帰路についた。
屋敷に帰ったら、全てを、話そう。
お父様にも、お母様にも。
私たちの、本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだと。
アーベント家の、反撃の狼煙は、今確かに、上がったのだ。
◇ ◇ ◇
昼過ぎにドルガンさんと別れ、私は自分の邸宅へとたどり着いた。
私の足元ではポムがフリフリと嬉しそうに尻尾を振っている。
屋敷の扉を開けようとした、その時だった。
庭の方から、私を探す母の声が聞こえた。
どうやら私がいないことに気づいて、心配してくれていたらしい。
「エリス!?」
庭のアーチから姿を現した母は、私の姿を認めると、駆け寄ってきた。
そして、私の小さな体を、ぎゅっと強く抱きしめる。
「どこに行っていたの! 何も言わずにいなくなるなんて、心配したのよ!」
「ごめんなさい、お母様。急いでいたものですから」
母の腕の中で、私は今日の出来事をどう話すべきか考えていた。
私は母に促され、邸宅の中へと入る。
遅い昼食が、すでにテーブルの上に準備されていた。
ポムは私の腕から飛び降りると、一直線にリアの元へ。
妹はポムを優しく撫でて可愛がっている。
そして、私は改めて家族みんなに向き合った。
お父様もお母様も、メイドのミレイユも、全員が私の言葉を待っている。
私は、ゴクリと一度唾を飲み込み、今日あった全ての出来事を、話し始めた。
◇ ◇ ◇
「――というわけで、ラスール公爵家の、後ろ盾をいただけることになりました」
私の長い、長い話が終わると、食堂は水を打ったように静まり返った。
誰もが、信じられない、という顔で、私を見ている。
まあ、無理もない。
たった半日で、この家の運命が、天と地ほどにひっくり返ってしまったのだから。
最初に口を開いたのは、お母様だった。
その翠の瞳は、涙で、きらきらと潤んでいる。
「……エリス。あなた、本当に、一人で、そんな、大変なことを……」
「大丈夫よ、お母様。それに、私一人じゃありません。ポムも、ドルガンさんも、一緒でしたから」
私がそう言って微笑むと、今度はミレイユが、ハンカチで目頭を押さえた。
「エリス様……! 本当に、本当に、ご無事で何よりでございました……!」
彼女は、私の無謀な挑戦を、誰よりも心配してくれていたのだろう。
その優しさが、私の胸にじんと染みる。
リアだけは、難しい話はよく分からなかったみたいだ。
だけど、お母様やミレイユが泣いているのを見て、不安そうに私の服の裾を、きゅっと掴んだ。
私は、そんなリアの頭を、優しく撫でてあげる。
問題は、ただ一人。
お父様だった。
彼は、腕を組んだまま、何も言わない。
その表情は、喜びでも、怒りでもない。
もっと、ずっと複雑な、深い、深い葛藤の色を浮かべていた。
ラスール公爵家は、かつて、お父様を見捨てた貴族社会の一員だ。
その彼らからの援助を、元騎士団長としてのプライドが、素直に喜ぶことを許さないのかもしれない。
私は、意を決して、口を開いた。
「お父様。オルダス公爵様が、伝言を、預かってほしいと」
「……なんだ」
「『君の父君、ライド殿は、真の騎士だった。私は、今でもそう信じている。いつか、真実が、明らかになる日が来ることを、私も、心から、願っている』……と」
私の言葉に、お父様の肩がぴくり、と震えた。
彼は、ゆっくりと立ち上がる。
そして、窓の外に広がる、寂れた庭をじっと見つめた。
その背中は、今まで私が見てきた中で、一番、大きく、そして、力強く見えた。
「……そうか。オルダス公が、そう、申されたか」
長い、長い、沈黙。
やがて、お父様は、こちらにゆっくりと向き直った。
その顔には、もう、迷いの色はなかった。
そこにあったのは、かつて「金獅子」と謳われた、アステル王国騎士団長の、顔。
「いつまでも、過去に囚われては、いられんな」
お父様は、私の前に進み出ると、その場に跪いた。
そして、私の小さな手を、両手で恭しく包み込む。
「エリス。よく、やってくれた。お前が、我々に再び戦う勇気をくれたのだ」
その言葉に、お母様は、静かに、涙を流し、ミレイユは強く頷いた。
リアも、難しいことは分からなくても、家族の雰囲気が、ぱっと明るくなったのを感じて、嬉しそうに、きゃっきゃと笑っている。
私たちの家族の心が、今、確かに一つになった。
私は、胸の奥が、熱くなるのを、感じていた。
◇ ◇ ◇
私は今日の出来事を思い返しながら、心地よい疲労感と共に、ポムと部屋に戻った。
大きなことを成し遂げた達成感で、心は満たされている。
「疲れたわね、ポム」
私がベッドに倒れ込むと、ポムも隣にぴょんと飛び乗ってきた。
そして、私の腕の中に、するりと潜り込んでくる。
ふわふわで、温かい、最高の相棒。
私は、その柔らかな体を、ぎゅっと抱きしめた。
これから、私の生活は、大きく変わるだろう。
ラスール公爵家との関わり。
そして、いずれ向き合うことになる、アルバ公爵との戦い。
大変なことも、たくさんあるはずだ。
だけど、不思議と怖くはなかった。
私には、この温かい家族と、最高の相棒がいてくれるのだから。
「明日からも、頑張らなくちゃね、ポム」
私の囁きに、ポムは、もう眠たいのか、「きゅぅ……」と、小さな返事をしてくれた。
その穏やかな寝息を聞いているうちに、私の意識も、だんだんと遠のいていく。
今日は、きっと、良い夢が見られる。
そんな、幸せな予感に包まれながら、私は、深い、深い、眠りの底へと、落ちていったのだった。
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