第47話 秘密の終わり
私が入った部屋は、息を呑むほど豪華な客間だった。
高い天井には巨大なシャンデリアが輝き、壁には有名な画家のものらしき絵画が飾られている。
ふかふかの絨毯に足を踏み入れると、私の体は沈み込んでしまいそうだった。
すごい……このお部屋……。
私とポムは、場違いな感じにそわそわしながら、ベルベット張りの大きなソファにちょこんと座って、主の到着を待っていた。
これから、私の運命が決まる。
そう思うと、緊張で心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
やがて、重厚な扉がゆっくりと開かれ、執事長のゼドリックさんが姿を現した。
「エリス様! ここにいらしたのですね! お待たせいたしました!」
彼の後ろから、ラスール公爵オルダス様、そしてギルドマスターのドルガンさんが入ってくる。
部屋の隅には、数人のメイドたちが控えていた。
ドルガンさんは、私の隣にどかりと腰を下ろすと、「よくやったな」と、その大きな手で私の頭をわしわしと撫でてくれた。
その無骨な優しさに、私の緊張が少しだけ、ほぐれる。
向かいのソファに、オルダス公爵が深く腰掛けた。
その顔には、先ほどまでの絶望の色はない。
代わりに、息子の命を救われたことへの、深い感謝と、そして、目の前の奇跡に対する、純粋な驚嘆の色が浮かんでいた。
「エリス嬢。改めて、礼を言う。君は、我が息子、ルートスの命の恩人だ。本当に……本当に、ありがとう」
公爵様は、そう言って、私に深々と頭を下げた。
一国の公爵が、八歳の少女に。
その光景に、周りにいたメイドたちも、息を呑んでいる。
「い、いえいえ! 私は、師匠から預かった薬を、持ってきただけですから!」
私が慌ててそう言うと、オルダス公爵は、真剣な目で、私をじっと見つめた。
「ルートスの容態は、驚くほど安定している。だが、まだ完全に回復したわけではない。医師団によれば、体内の魔力が正常な循環を取り戻すまで、しばらくは予断を許さないとのことだ。……そこで、頼みがある」
ゴクリと、喉が鳴る。
「君の、その素晴らしい師君を、ここにお呼びすることはできんか? もちろん、いかなる謝礼も、援助も、惜しまんつもりだ」
来た。
一番、聞かれたくない質問。
私の師匠なんて、この世のどこにも、存在しないのだから。
「え、えっと……。師匠は、その、森の奥深くに住んでいまして……。あまり、人と会うのが、お好きではない方、らしくてですね……」
私は、しどろもどろになりながら、適当な嘘を並べ立てる。
だけど、オルダス公爵の目は、少しも逸らされない。
「では、私が自ら森へ出向こう。どうか、師君にお会いする機会を、いただけないだろうか、エリス嬢。もちろん、この薬を、ここまで運んでくれた、君への報酬も、別に支払わせてもらう」
「んんー……」
額に、冷や汗が滲む。
どうしよう。
これ以上嘘を重ねてもいずれ、ボロが出る。
私が、絶体絶命のピンチに陥っていた、その時だった。
「――なあ、そこの犬っころよ」
不意に、隣に座っていたドルガンさんが、私の膝の上で丸まっていたポムに向かって、話しかけた。
「お前さん、その薬を作った、本当の主が、誰なのか、知らねぇか?」
ドルガンさんは、ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべて、そう呟く。
その視線が、ちらり、と私に向けられている。
この人、まさか……!
私は、内心悲鳴を上げた。
だけど、表情には、出さない。
平常心を、保つのよ、私!
それに、ポムが私のことを喋るはずがない。
だって、ポムは、私の、最高の相棒なんだから!
部屋にいる、全員の視線が、私の膝の上の、小さな白い毛玉に、集中する。
公爵様も、執事長のゼドリックさんも、メイドたちも、固唾を飲んで、ポムの反応を見守っていた。
ポムは、そんな視線など全く気にする様子もなく、一度、ふぁ~、と可愛らしいあくびをした。
そして。
「――きゃん!」
一声、高く鳴くと、その小さな白い前足で。
寸分の狂いもなく、まっすぐに、私のことを、ぴしっ!と、指し示したのだった。
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