第40話 三つの奇跡と一人の少女
「……ふぅ」
私は、一度だけ深く、息を吸う。
そして、ゆっくりと、吐き出した。
震える指先を、ぎゅっと、握りしめる。
「始めましょうか」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
机の上には、今日、私が命懸けで手に入れた、三つの奇跡の素材が、静かに、その出番を待っている。
強力な鎮静効果を秘めた、「静寂茸」
魔力循環を整える、星屑のような**「月光石の粉末」
そして、あらゆる不浄を洗い流す、幻の「花」
これを、八歳の、入門書をかじっただけの私が、本当に、一つの薬として調和させることができるのか?
怖い……。
正直な気持ちだった。
失敗すれば、この貴重な素材は、全てただの黒い炭クズと化す。
それだけじゃない。
ルートス令息の命を救うチャンスも、永遠に失われてしまう。
私のこの小さな両手には、あまりにも、多くのものが、懸かっていた。
「きゅぅ……」
私の足元で、ポムが心配そうに、私の服の裾を、くんくん、と引っ張った。
そのつぶらな黒い瞳が、じっと、私を見上げている。
大丈夫だよ、と。
君は、一人じゃないよ、と。
そう、語りかけてくれているかのようだった。
「……そうよね。ありがとう、ポム」
私は、しゃがみ込むと、その小さな頭を、そっと撫でた。
温かくて、柔らかい、最高の相棒。
「あなたが見つけてくれた、この奇跡の素材たち。絶対に、無駄にはしないから。見ていて」
ポムは、私の覚悟を受け取ってくれたのか、「きゅるん!」と力強く鳴いて、机の上の椅子に、ちょこんと座った。
最高の特等席で、私の挑戦を、見届けてくれるつもりらしい。
私は、立ち上がった。
その目には、もう一片の迷いもない。
失敗は、許されない。
だけど、今の私なら、きっと、できる。
「始めます」
私はこれから始まる、神の領域への挑戦を、静かに、宣言した。
◇ ◇ ◇
まずは、準備。
私は、部屋の四隅に、小さな魔石を配置しごく初歩的な結界魔法を展開した。
気配を遮断し、音を外に漏らさないための、簡易的な結界。
これで、ミレイユや家族が不意に部屋に入ってくることはない。
次に、錬金の道具を聖別するかのように、丁寧に、清めていく。
使い古した、鉄の鍋。
すり減った、石のすり鉢。
どれも、お世辞にも、一級品とは言えないガラクタのような道具たち。
だけど、これらは、私が錬金術師として歩み始めた、最初の瞬間から、ずっと、共に戦ってきてくれた、戦友だ。
最後に、私は、自分の精神を、研ぎ澄ませていく。
雑念を、消し去る。
恐怖も、焦りも、期待も、全て、意識の外へと、追いやっていく。
私の心は、静まり返った、湖面のように、どこまでも、平らかになっていった。
数十分後。
私が目を開けた時、その瞳にはもはや、八歳の少女の、あどけなさは、どこにもなかった。
そこにあるのは、ただ目の前の大業を、成し遂げることだけを見据える、一人の錬金術師の瞳。
「第一工程、基材精製、及び、鎮静作用の付与、開始」
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