第4話 これが魔法?
食事を終え、私は自室に戻った。
まずは、情報収集からだ。
この世界の仕組み、特にお金を稼ぐための方法について、もっと詳しく知る必要がある。
前のエリスちゃんの記憶だけでは、あまりにも曖昧で心許ない。
目的は、明確だ。
家族が裕福に、そして自由に選択ができる家庭にすること。
ミレイユのような、忠義を尽くしてくれる使用人たちに、正当な報酬を支払えるようにすること。
そして、もう一つ。
私の頭には、あの性悪女神の言葉がこびりついていた。
『今、私の管理している異世界が魔王軍とかいうのでちょっとピンチでね。急いで勇者候補を何人か送り込んでる最中だったのよ。その流れ弾に当たったみたいなものね。あなた、ツイてないわ』
魔王。勇者。
まるで物語のような話だけど、女神が存在する以上、それもまたこの世界の真実なのだろう。
いつか、この国、この街が戦火に巻き込まれるかもしれない。
そうなった時、今の私たちのような無力な貴族は、真っ先に切り捨てられるに違いない。
自分の身を、家族を守るための「力」もまた、必要不可欠だった。
私は、部屋にあった数冊の古い本を広げた。
そのほとんどは、貴族の歴史や紋章学に関する、今の私には役に立たないものばかり。
だけど、その中に、一冊だけ異彩を放つ本があった。
『魔術概論・初級編』
ページをめくると、そこにはこの世界の根幹を成す力――「魔法」についての記述があった。
大気中に満ちる魔素を、体内の魔力器官で変換し、意思の力で現象として編み上げる技術。
「……これね」
私は、本に書かれた魔力の循環法を試してみることにした。
ベッドの上で小さな足を組んで座り、ゆっくりと呼吸を整える。
意識を、体の中心――おへその少し下あたりに集中させた。
最初は何も感じない。
でも、前世の勉強で培った集中力を発揮し、意識を研ぎ澄ませていく。
すると――体の奥で、ドクン、と脈打つような温かい感覚が広がった。
これが……魔力。
小さな熱の塊を、意識して体中へ巡らせる。
最初はぎこちなかったけど、繰り返すうちに滑らかになっていった。
まるで新しい血が流れ始めたみたいな、不思議な感覚。
「魔法……本当にできたんだ」
指先に意識を集めると、淡い光の粒が蛍みたいにきらきらと瞬いている。
こんなことまで出来るなんて、すごい……!
私は興奮を抑えきれず、他の本も読み漁った。
歴史、地理、経済……限られた蔵書を、まるで乾いたスポンジが水を吸うみたいに知識で満たしていく。
そして私は、一冊のひどく古びた本の中で、運命的な記述を見つけた。
本のタイトルは、『失われた技術体系・錬金術』。
そこに書かれていたのは――魔法とはまったく違う理で奇跡を生み出す技術。
その名も「錬金術」。
万物の構成を理解し、分解し、再構築する。
魔力を現象として放つのではなく、物質を“あるべき形”へ導く触媒として扱う学問。
「……物質を、再構築する?」
もし、この錬金術を使いこなせたなら――。
お金を稼げる。
いえ、それだけじゃない。
鉄を金に、石ころを宝石に。
そんなことすら、理論上は可能かもしれない。
そうなれば、アーベント家の財政を立て直すどころか、この国一番のお金持ちにだってなれる。
胸の鼓動が高鳴る。
――ようやく見つけた。
このクソみたいな運命をひっくり返すための、一筋の光明を。
「よし、決めた。私は、錬金術師になる」
しかし、その決意は、本の最後の一文によって、早くも壁にぶち当たることになる。
『――なお、高度な錬金術の習得には、専門的な知識と膨大な資料、そして精密な設備が不可欠である。ゆえに、本格的な錬金術師を目指す者のほとんどは、王立ラピスフォード学園の錬金術科にて、その礎を学ぶのが一般的である』
最高の手段を見つけた。
だけど、その入り口に立つためには、またしても、あの忌々しい「お金」という名の壁が、私の前に立ちはだかっているのだった。