第35話 ポムが指し示す、奇跡への道
「……だめ。やっぱり、見つからない」
深夜。
私は、部屋に山積みになったなけなしの蔵書を前に、頭を抱えていた。
治療に必要なのは、三つの効果を併せ持つ、特別な薬。
一つ、暴走する魔力を、強制的に鎮静させる、鎮静効果。
これなら、「静寂茸」というキノコを主成分にすれば、作れそうだ。
一つ、乱れた魔力循環を、正常に戻し体そのものを強くする、循環促進効果。
希少な「月光石の粉末」を、触媒にすれば、これも、不可能ではない。
だけど、最も重要な、最後の効果。
外部からの「魔力ノイズ」を、体内で無害化するための、フィルター効果。
これを持つ素材が、どうしても、見つからないのだ。
薬草図鑑にも、錬金術の入門書にも、そんな都合の良い素材は、どこにも載っていなかった。
魔力を「浄化する」という概念そのものが、この世界の錬金術では、あまりにも異端で、未発達な分野なのかもしれない。
だから、ダメだったんだ……。
国中の、どんな名医も、どんな錬金術師も。
もしかしたら、私と同じ結論に至った人は、いたのかもしれない。
だけど、この、最後のあまりにも高すぎる壁を、誰も、越えることが、できなかったんだ。
私は、机に突っ伏した。
万策、尽きた。
せっかく、原因を突き止めたというのに、これじゃあ、何もできない。
結局、私にも無理だったんだ……。
悔しさに、唇を噛み締める。
その時だった。
ちょん、ちょん。
私の腕を、何かが、優しく、突いている。
顔を上げると、ポムが、心配そうに、私の顔を、覗き込んでいた。
「……ポム」
その、無垢な瞳を見ているうちに、私ははっとして、顔を上げた。
そうよ……私には、ポムがいるじゃない!
常識が、通用しないなら。
常識の外にいる、この相棒に頼ればいい。
私は、椅子から飛び降りると、ポムの前に、しゃがみ込んだ。
だけど、どうやって、伝えればいい?
「魔力ノイズをフィルターするものが欲しい」なんて、言葉で言っても、伝わるはずがない。
見せるしかないわね。
私は右手にわざと、乱れた魔力を、生み出した。
オークと戦った時の、荒々しい闘気を思い出し、魔力を暴走させる。
黒っぽい、不純な魔力の塊がバチバチと、嫌な音を立てて、渦を巻く。
これが、「魔力ノイズ」のイメージ。
ポムが、びくっとして、後ずさる。
「大丈夫よ、ポム。見てて」
私は左手を、その黒い魔力の塊に、そっと、かざした。
そして、今度は、錬金術師としての、全ての集中力を使い、その不純な魔力を包み込み、浄化していく。
黒い色が、少しずつ、薄れていく。
バチバチという音が、消えていく。
やがて、私の左手から、ふわりと、綺麗な光の粒子だけが、舞い上がった。
私がポムに見せた、錬金術師としての、技術。
ポムは最初怖がっていたが、やがて、私の左手から生まれた、綺麗な光の粒子に、目をきらきらと、輝かせた。
そして、その光の粒子をぺろりと美味しそうに、舐める。
「……どう、ポム? こういうことができる、素材が、欲しいの」
私が、尋ねる。
「悪い、黒いものを、綺麗な、きらきらに、変えてくれるもの。分かる?」
私の言葉に、ポムはしばらくの間、じっと、私の目を見つめていた。
そして。
「――きゃんっ!」
全てを、理解した、とでも言うかのように。
一声高く、そして、力強く、鳴いたのだ。
「ポム、分かるの!? そんな、夢みたいな素材が、どこにあるのか!」
私の問いに、ポムは自信満々に、ふふん、と胸を張る。
そして、窓辺まで駆け寄ると、前足で、窓の外――屋敷の裏庭がある、薄暗い森の方角を、ちょん、と、指し示したのだった。
「……あっちに、あるの?」
私の心に、再び熱い光が、灯る。
絶望の淵から、最高の相棒が、私を引き上げてくれた。
「よし……!」
私は、立ち上がった。
その目には、もう、迷いの色は、どこにもなかった。
「明日、探しに行きましょう、ポム! 二人で、奇跡を見つけに行くのよ!」
私の言葉に、ポムも、力強く、「きゅるん!」と応えてくれた。
まだ、夜は明けない。
だけど、私の心の中にはもう、確かな朝日が、昇り始めていた。
どんな困難が、待ち受けていようとも。
この、最高の相棒と一緒なら、きっと乗り越えられる。
私はそんな確信に、満ち溢れていた。
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