第34話 文明が生んだ病
資料は、想像以上に詳細で、そして絶望的だった。
国中から集められた、最高峰の医師たちによる、何十枚にも及ぶ診察記録。
そこには、聞いたこともないような専門用語が、びっしりと並んでいた。
『――原因不明の熱病。周期的な痙攣と、意識混濁を伴う』
『――あらゆる解熱剤、鎮静剤に、全く反応を示さず』
『――神聖魔法による治癒、解呪を試みるも、効果なし。呪いの類に非ず』
どの記録も、最終的には、「打つ手なし」という、無力な言葉で締めくくられている。
私は、歯がゆい思いで、ページをめくっていった。
そして、資料の末尾に添付されていた、一枚の、奇妙な図面に、目を留める。
宮廷魔術師が特殊な魔道具を使って記録したという、ルートス令息の、体内の「魔力波形」の図。
「……なに、これ」
私は、息を呑んだ。
健康な人間の魔力波形が、本によれば、穏やかな川の流れのように、滑らかな曲線を描くはずだった。
だけど、そこに描かれていたのは、もはや「波」とすら呼べない、嵐の海そのものだった。
鋭い針のように、何度も、何度も、異常なピークが記録されている。
これが、「魔力の暴走」。
でも、ただ荒れているだけじゃ、ない……。
私は、その図面を、さらに注意深く観察する。
そして、ある決定的な違和感に、気づいた。
波形の、その一つ一つの揺らぎの中に、明らかに、異質で、不規則な「ノイズ」のような乱れが、無数に、混じり込んでいるのだ。
前世の記憶が、蘇る。
物理の実験で見た、オシロスコープの波形。
あるいは、音楽の授業で習った、楽譜の旋律。
これは……ノイズだ。
綺麗な音楽に混じり込んだ、不協和音……!
この波形は、彼の体内から自然に発生したものではない。
もっと別の……外部からの、継続的な「何か」に、彼の魔力が、過剰に反応して、暴走している。
そういう風にしか、見えなかった。
一つの、突拍子もない仮説が、私の頭の中に稲妻のように、閃いた。
もし、彼の魔力が生まれつき、異常なまでに繊細で、周りの環境に、影響されやすい体質だったとしたら……?
そして、その“環境”そのものに、問題があったとすると。
王都に来てから、ずっと感じていた、微かな違和感。
なんだか、空気がピリピリするような、落ち着かない感覚。
それは、気のせいではなかったんだ。
この王都の空気は、目に見えない、微弱な「魔力のノイズ」で、汚染されている。
おそらく、近年、急速に普及している、便利な魔道具の数々。
魔力街灯、魔力コンロ、魔力通信機……。
それらが、稼働するたびに放出する、不純な魔力の残滓。
普通の人間なら、気づきもしない、ごく微量な汚染。
だけど、もし、ルートス令息が。
生まれつき、その汚染を肌で感じてしまうほどの、「魔力過敏症」とも言うべき、特異な体質だったとしたら?
その彼が、この「魔力ノイズ」に満ちた王都で、暮らし続ければ、どうなる……?
「……原因は、魔力の不協和音」
私は、この奇病の正体をそう名付けた。
病気じゃない。呪いでもない。
これは、進歩しすぎた文明と、それに適応できない、一人の少年が起こす、悲しいアレルギー反応のようなものなんだわ。
原因が分かれば、治療法は、自ずと見えてくる。
だけど、それが、本当の困難の、始まりだった。
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