第33話 資料を抱いて、夜を越える
その夜、私は自室のベッドの上で一人、膝を抱えていた。
窓の外は、静かな闇に包まれている。
時折聞こえるのは、風が屋敷の古い窓を揺らす、寂しい音だけ。
私の目の前には、今日という一日を象徴する、二つのものが並んでいた。
一つは、ギルドで手に入れた、ずしりと重い袋。
私の未来を照らすはずの、輝かしい希望の光。
そして、もう一つは、ドルガンさんから託された、分厚い資料の束。
ラスール公爵家のご令息、ルートス様の命運がかかった、あまりにも重い、絶望の記録。
私に、何ができるっていうの……。
昼間のギルドでの興奮が嘘のように、私の心は、冷たく、そして重く沈んでいた。
相手は、国中の名医や神官が匙を投げた、未知の奇病だ。
私なんて、まだ錬金術の入門書をかじっただけの、八歳の子供。
「森の賢者の弟子」だなんて、咄嗟についた、見栄っぱりの嘘。
そんな私が、公爵家のご子息の命なんて、大それたものに関わっていいはずがない。
関われば、失敗した時のリスクは、計り知れない。
不敬罪で、私だけでなく、家族まで路頭に迷うことになるかもしれない。
アーベント家は、今度こそ、完全に取り潰されるだろう。
怖い……。
正直な気持ちだった。
せっかく、自分の力で、未来への道を切り開き始めたというのに。
どうして、こんな、大きすぎる問題が私の目の前に現れるの。
「きゅぅ……」
私が膝に顔をうずめていると、足元から、心配そうな声がした。
見ると、ポムがそのつぶらな黒い瞳で、じっと、私の顔を覗き込んでいる。
まるで、「大丈夫?」と、問いかけてくれているかのように。
「……大丈夫よ、ポム。ちょっと、難しい宿題が出ただけだから」
私は無理やり笑顔を作って、ポムの柔らかな頭を撫でた。
この子の温もりが、冷え切った私の心に、少しだけ、勇気をくれる。
そうだ。
怖いからといって、ここで逃げ出していいの?
もし、万が一。本当に、億に一つでも私に彼を救える可能性があるのだとしたら……?
それは、学園への入学という目標を達成するための、またとない好機になるかもしれない。
ラスール公爵家という、強力な後ろ盾。
それは、いつか憎きアルバ公爵と対峙する時、何物にも代えがたい、力になるはずだ。
これは、私の個人的な問題じゃない。
アーベント家の、私たちの家族の運命がかかった、戦いでもあるんだわ……!
腹の底から、ふつふつと、何かが湧き上がってくるのを感じた。
恐怖じゃない。
もっと熱くて、もっと力強い、覚悟という名の、炎。
「さて、と……」
私は、顔を上げた。
その目には、もう、迷いの色はなかった。
やるべきことは、決まった。
私は、ベッドの上に資料を広げる。
隣に、ちょこん、とポムが座った。
最高の相棒が、私の挑戦を、見守ってくれている。
「まずは、敵を知ることから、ね」
私は、一枚一枚、食い入るように、その記録を、読み解き始めた。
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