第31話 誰も解けぬ呪い、最後の望み
――緊急公示。
伝令兵が張り出した、たった一枚の羊皮紙。
それが、先ほどまでの熱狂と喧騒を、まるで嘘だったかのように、一瞬で凍り付かせた。
『――ラスール公爵家ご令息、ルートス様、原因不明の奇病に倒れる――』
しん、と静まり返ったギルドホール。
誰もが掲示板に張り出されたその公示を、信じられない、という顔で見つめている。
私の懐で、さっきまで得意げに鳴いていたポムも、この重苦しい空気を察したのか、きゅっと体を固くして、静かになってしまった。
本当、だったんだ。
あの時、本屋で耳にした学園の生徒たちの噂話。
まさか、それが、こんなにも早くこんなにも絶望的な形で、現実のものとなるなんて。
やがて、伝令兵が慌ただしくギルドを去っていくと、凍り付いていた空気が少しずつ、人々のざわめきによって溶かされていく。
「おい、マジかよ……」
冒険者たちの声は、いつものような野蛮な響きではなく、困惑と、そして得体のしれないものへの恐怖の色を、濃くにじませていた。
公示には、こうも書かれていた。
『――王都内の全ての医師、神官による治療も及ばず、病状は悪化の一途を辿る』
つまり、この国の最高峰の医学も、神の奇跡ですらも、この病の前では全くの無力だった、ということだ。
聖女も、神官も、そして、高名な錬金術師や薬師たちも、誰もが匙を投げてしまった。
だからこそ、最後の望みを託すように、この、荒くれ者たちが集う冒険者ギルドにまで、助けを求めてきたのだ。
それだけ、事態は、絶望的に切迫している。
「……見ろよ。褒賞の額が、書いてあるぜ……」
誰かが、ゴクリと喉を鳴らして、呟いた。
公示の下の方に、小さな文字で記された一文。
『――ご令息を救った者には、ラスール公爵家の家名に懸けて、望むだけの富と名誉を、生涯にわたって保証する――』
「望むだけの、富と名誉……」
その言葉に、ホールにいた何人かの冒険者の目が、ギラリ、と欲望の光を宿した。
「おいおい、まじかよ……。これ、もし成功すりゃ、一生遊んで暮らせるどころの話じゃねぇぞ……!」
「貴族にだって、なれるかもしれん……!」
だが、そんな下卑た声は、すぐに別の現実的な声によって、かき消された。
「馬鹿言え。国中の天才たちが束になってダメだったんだぞ。俺たちみたいなもんに、何ができるってんだ」
「そうだぜ。下手に手を出して、もしご令息の容態を悪化させでもしたら、一族郎党、首が飛ぶぞ」
富と、破滅。
あまりにも巨大な、ハイリスク・ハイリターン。
ほとんどの冒険者は、関わるべきではない、と判断したようだった。
「呪いだ……。これは、古代の王族が遺した、解けない呪いに違いねぇ……」
「いや、俺は古代の疫病だと思うぜ。大昔に、エルフの国を滅ぼしたっていう……」
誰もが、好き勝手な憶測を口にする。
だが、そのどれもが、確信には、ほど遠い。
私は、その喧騒を、少し離れた場所からただ、黙って聞いていた。
ついさっきまで、私の未来を照らす希望の光だったはずの、このお金。
それが、今、なんだか、ひどくちっぽけなものに、思えてならなかった。
私が、その場の空気に押しつぶされそうになっていた、その時だった。
「……なあ、小娘」
すぐそばから、低い声がした。
見上げると、ギルドマスターのドルガンさんが、腕を組み難しい顔で、掲示板を睨みつけている。
「……お前の、師匠さんじゃあ、なんとかならねぇもんかねぇ」
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