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第3話 優しすぎる家族と、一筋の光明

 重厚な木製の扉を開けると、そこには一人の女性が佇んでいた。


 栗色の髪をポニーテールにまとめ、古びたメイド服に身を包んだ、二十歳前後の女性。

 

 彼女が、メイドのミレイユだった。


「おはようございます、エリス様」


 深々と腰を折る彼女の顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。

 

 エリスの記憶によれば、最盛期には数十人いた使用人も、今ではこのミレイユと、厨房を預かる料理長の二人だけ。

 

 ミレイユ一人で、この広い屋敷の掃除、洗濯、そして私たち家族の身の回りの世話のほとんどをこなしているのだ。

 

 そのお給金も、まともに支払われているのか怪しいものだった。


「おはよう、ミレイユ。いつもありがとう」


 私がそう言うと、彼女は驚いたようにぱっと顔を上げた。


 その茶色の瞳が、困惑したように揺れている。

 

 どうやら、前のエリスちゃんは心を閉ざして以来、ほとんど誰とも口を利かなかったらしい。

 

 ましてや、メイドに感謝の言葉を述べるなんて、ありえなかったのだろう。


「もったいないお言葉です……。さあ、皆様がお待ちですわ」


 ミレイユは少し頬を赤らめ、慌てて食堂の扉を開けてくれた。


 扉の先には、高い天井と、窓から朝日が差し込む明るい空間が広がっていた。

 

 でも、その広さが、かえって寂しさを際立たせる。

 

 部屋の中央にぽつんと置かれた、小さな円卓。

 

 そこに、三人の男女が座っていた。


 私の、今世の家族。


「おはよう、エリス」


 穏やかな声で私を迎えてくれたのは、お父様だった。

 

 ライド・フォン・アーベント。

 

 若い頃は「金獅子」と謳われたという輝く金髪は、今では少し色褪せ、その精悍な顔には深い疲労が刻まれている。

 

 だけど、元騎士団長としての威厳と、実直な人柄を映す青い瞳の光は少しも失われていなかった。

 

 五年前の事件さえなければ、この人は今も王国の英雄として讃えられていたはずだ。


「おはようございます、お父様」


 私が挨拶を返すと、お父様はわずかに目を見張り、そして優しく微笑んだ。


「よく眠れたかい?」

 

「はい」


 その隣で、お母様が心配そうな、それでいて嬉しそうな表情で私を見つめていた。

 

 イザベラ・フォン・アーベント。

 

 柔らかな銀髪を上品にまとめた、儚げな印象の美人。

 

 彼女の穏やかな翠の瞳は、私が記憶を取り戻す前の、心を閉ざしたエリスちゃんのことも、ずっと優しく見守り続けていたのだろう。


「さあ、エリス。席について。スープが冷めるわよ」


 そして、私の視線は、テーブルの向こう側で小さな体を揺すっている女の子に注がれた。


「エリスお姉ちゃま、おはよー!」


 年の頃は五歳くらいだろうか。

 

 艶やかな銀髪をおさげにして、お母様譲りの翠の瞳をきらきらと輝かせている。

 

 彼女は私の妹、リアーナ・フォン・アーベント。愛称はリア。


「おはよう、リア」

 

「お姉ちゃま、おなかすいたー!」


 無邪気にそう言うリアの前に置かれているのは、硬そうな黒パンと、野菜の切れ端が少しだけ浮いた、水っぽいスープ。

 

 そして、一杯の水。

 

 これが、伯爵家の朝食。

 

 貴族のお食事というよりは、むしろ前世の私の食生活に近い。

 

 いえ、それ以下かもしれない。


 私は自分の席に着き、目の前の質素な食事に手をつけた。

 

 パンは硬くて、顎が疲れる。

 

 スープは、ほとんど味がしない。


 どうして、こんな目に遭わなきゃいけないの……。


 お父様も、お母様も、そしてリアも。

 

 エリスちゃんの記憶の中のこの人たちは、どこまでも優しく、善良だった。

 

 政争の道具にされ、すべてを奪われるような人たちじゃない。


 リアが、小さな声でぽつりと呟いた。

 

「ねぇ、お姉ちゃま。リアね、わんわんほしいな。もふもふの、わんわん」

 

「……ペットのこと?」

 

「うん!おともだちのマリーちゃんのおうちにはね、ふわふわのねこちゃんがいるの。いいなぁって」


 マリーちゃん、というのは、近所に住む商人の娘さんだろうか。

 

 今のアーベント家に、ペットを飼う余裕などあるはずもなかった。

 

 お母様が、申し訳なさそうにリアを諭す。


「リア。生き物を飼うのは、とても大変なことなのですよ。今の私たちには……」

 

「……うん。わかってる」


 しゅん、と俯くリアの姿に、胸が締め付けられる。

 

 こんな小さな妹にまで、我慢をさせている。


 するとお父様が、空気を変えるように明るい声を出した。

 

「そうだ、エリス。最近、体の調子はどうだ?ずっと部屋にこもりがちだったから、父さんは心配していたんだ」

 

「もう、大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

「そうか。それなら良かった」

 


 お父様は心から安堵したように微笑む。

 

 その笑顔に、私は決意を新たにした。


 この人たちを、私が守らなきゃ。


 こんな優しい家族が、これ以上苦しむ姿は見たくない。

 

 妹には、欲しいものを欲しいと言わせてあげたい。

 

 お父様とお母様には、もう一度、心からの笑顔を取り戻してほしい。


 そのためには、お金が必要だ。

 

 圧倒的な、お金が。


 そして、いつかはこの家を陥れたアルバ公爵に、この仕打ちの代償を支払わせてやるんだから。

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