第27話 錬金術が生んだ魔法
体が、羽のように軽くなる。
振り下ろされる棍棒を、紙一重で、横っ飛びに回避した。
轟音と共に、さっきまで私が立っていた場所の地面が、大きく抉れている。
「遅いわよ、このブタさん!」
私は、すれ違いざまに、オークの巨体を睨みつけた。
そして、手のひらに、炎の魔力を集中させる。
「狙いは、足よ! 初級魔法!」
放たれた炎の弾丸は、一直線に、オークの太い足元へと突き刺さった。
ドッ!という鈍い音と共に、地面が小さく爆ぜ、オークが、ぐらり、と体勢を崩す。
「グガッ!?」
怒り狂ったオークが、今度は、棍棒を、ぎゅるん、と独楽のように回転させ、横薙ぎに振るってきた。
回避は、間に合わない!
私は、咄嗟に、近くにあった木の幹を、足場にして、高く、高く、宙へと跳んだ。
頭上を、棍棒が、轟音を立てて、通り過ぎていく。
「隙あり、なんだから!」
空中から、私は、無防備になったオークの顔面――その小さな目を狙って、追撃のファイアアボールを、放った。
「初級魔法!」
「グギィィィッ!!」
炎が、オークの右目を、直撃する。
肉の焼ける、嫌な匂い。
オークは、片目を押さえて、苦悶の叫びを上げた。
好機!
私は、着地と同時に、オークから大きく距離を取る。
そして、最後の、最大火力の魔法を、練り上げ始めた。
これは、私が、錬金術の理論を応用して、独自に編み出した、オリジナルの初級魔法。
「燃え盛るは、地獄の業火。螺旋を描きて、我が敵を貫け……!」
私の両の手のひらに、それぞれ、小さな魔法陣が浮かび上がる。
右手に、炎の魔力を。
左手に、風の魔力を。
二つの、異なる性質の魔力を、一つの現象として、編み上げる。
錬金術の精密な魔力コントロールを体得した、今の私になら――!
「喰らいなさいッ! 初級魔法!!」
私の両の手から放たれた、炎と風の弾丸が、螺旋を描きながら、一つに収束していく。
そして、巨大な、灼熱の竜巻となって、オークの巨体へと、突き進んだ。
「グオオオオオオオオッ!!」
断末魔の叫び。
灼熱の竜巻は、オークの分厚い脂肪と筋肉を、いとも簡単に貫き、その体を内部から、跡形もなく、焼き尽くしていく。
数秒後。
そこには、全身から黒い煙を上げる、巨大な炭の塊と、心臓があった場所に、ぽつんと残された、赤黒い魔石だけが転がっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
全身の魔力を、使い果たした。
膝から、崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえる。
守るべきものが、いるから……。
私は背後で、まだ小さく震えている、ポムの元へと、駆け寄った。
「もう、大丈夫よ、ポム。私が、やっつけたから」
「きゅ、きゅぅ……」
ポムは、涙目で、私の胸に、飛び込んできた。
その温かさが、戦いで昂った、私の心をゆっくりと、溶かしていく。
そうだ。
私の力が通用するという、自信。
そして何より、この小さな相棒を、絶対に守る、という強い意志。
その二つが、私の恐怖を、完全に、上回っていたのだ。
私はオークの魔石と、素材になりそうな牙を数本革袋にしまい込み、薬草の採集を終えた。
革袋は、もう、はちきれんばかりに、膨らんでいる。
「ふふ、これだけあれば、最高のポーションが、たくさん作れるわ!」
私は、ポムを抱き上げて、その鼻先に、自分の鼻をこすりつけた。
「ギルドに持っていったら、ドルガンさん、どんな顔するかしら。きっと、腰を抜かすわよ!」
「きゅるん!」
ポムも、私の興奮が伝わったのか、嬉しそうに、一声鳴いた。
私たちは、意気揚々と、森の入り口へと引き返す。
約束通り、陽が傾く前には、ミレイユが待つ馬車の元へと、戻ることができた。
「さあ、帰りましょう、ミレイユ、ポム! お家に帰って、最高のポーションをたくさん作るわよ!」
馬車に乗り込むなり、私は高らかに宣言した。
ミレイユは、私の服が少し焦げているのを見て、何か言いたそうにしていたけれど、私のあまりの笑顔に、結局、優しく微笑んでくれるだけだった。
夕日の中を、私たちの乗った古びた馬車が、屋敷へと向かって走っていく。
最高の素材と、そして、自分の力で強敵を打ち倒したという、大きな自信を、その小さな荷台に乗せて。
私の逆転劇は、今、確かな手応えと共に、次のステージへと進もうとしていた。
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