第25話 薬草採取と小さな相棒
翌朝、私の興奮はまだ冷めやらぬままだった。
食卓に並んだのは、いつもと同じ、硬いパンと具の少ないスープ。
だけど、私の目には、それが昨日までとは全く違うものに見えていた。
希望の味が、したのだ。
「お姉ちゃま、なんだか嬉しそうね!」
隣の席で、リアが不思議そうに私の顔を覗き込む。
「ええ、とっても良いことがあったのよ」
「なあに? なあに?」
「ふふ、それはまだ秘密」
私が悪戯っぽく笑うと、リアは「えー!」と頬を膨-ませた。
そのやり取りを、お父様とお母様が、穏やかな表情で見守っている。
そうだ。この日常を守るために、私はもっと頑張らなくちゃ。
「お父様、お母様。私、今日ミレイユと共に馬車で、王都付近の森へ薬草を採りに行ってまいります」
私がストレートにそう告げると、お父様は読んでいた新聞から顔を上げて、心配そうに眉をひそめた。
「森へ? ミレイユを連れていくとはいえ、危険ではないか」
「大丈夫です。ギルドの依頼でいつも使っている、安全な森ですから」
お父様は少し納得いかない顔をしながらも、強くは反対しない。
「……分かった。だが、決して無理はするんじゃないぞ。陽が傾く前には、必ず帰ってくるんだ」
「はい!」
私は元気よく返事をすると、足元でそわそわしているポムをひょいと抱き上げた。
「さあ、行きましょうか、ポム! 今日は最高の素材を探しに行くわよ!」
「きゅるん!」
私の掛け声に、ポムも元気よく応える。
私とポムの、初めての本格的な素材探しの始まりだ。
◇ ◇ ◇
「ではエリス様、どうかご無理なさらないでくださいね。何かあれば、すぐに大声で叫んでくださいませ」
「分かってるわ、ミレイユ。ありがとう。すぐに戻るから」
森の入り口で、ミレイユが心配そうに私を見送っている。
今日の御者は、ミレイユが務めてくれた。
アーベント家に残された、たった一台の古びた馬車。
その手綱を握る彼女の姿は、少し不慣れな感じがしたけれど、私を心配するその気持ちが、とても嬉しかった。
彼女は、私が戻るまで、ここで馬車と共に待機してくれることになっている。
私はミレイユに手を振ると、ポムを抱きかかえて、森の中へと足を踏み入れた。
ひんやりとした、森の空気が、頬を撫でる。
木漏れ日が、地面にまだら模様を描き、鳥たちのさえずりが、まるで音楽のように降り注いでいた。
ギルドの依頼で、もう何度も来ている森。だけど、ポムと一緒だと思うと、いつもとは全く違う、宝の山のように見えてくる。
「さあ、ポム! 最高の薬草を、たくさん見つけましょうね!」
「きゅー!」
私とポムの、初めての共同作業の始まりだ。
森に入って、まず私が驚いたのは、自分の成長だった。
ほんの数週間前まで、依頼書の拙い絵がなければ、リリ草の一本すら見分けられなかった私が、今では、森の中を歩くだけで、何十種類もの薬草を、簡単に見つけ出すことができる。
「あ、これはノギク草。解毒作用があるのよね。こっちは、睡眠薬の材料になる、ネムリダケ」
これも全て、あのボロボロの薬草図鑑と、夜な夜な勉強を続けた成果だ。
だけど、私が「これは良質ね」と判断して、摘み取ろうとする薬草を、ポムはことごとく、「ぷいっ」とそっぽを向いて、無視してしまう。
「もう、ポム! これも、結構良いものだと思うんだけど……」
私が少し不満げに言うと、ポムは、まるで「まだまだ甘いわね」とでも言うかのように、私の足元に鼻をすり寄せた。
そして、私を導くように、森の奥へと、とてとてと駆け出していく。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
私が慌てて後を追いかけると、ポムは、一見するとただの雑草しか生えていない、鬱蒼とした茂みの中に、躊躇なく突っ込んでいった。
「こら、ポム! そっちは、何もないわよ!」
私が、木の枝をかき分けながら、茂みの奥へと進むと、そこに、信じられない光景が広がっていた。
ポムが、茂みの中心で、ひときわ大きく、瑞々しく育った、一株のリリ草の前で、「きゅるん!」と、誇らしげな声を上げている。
そのリリ草は、今まで私が見てきた、どのリリ草とも、明らかに違っていた。
葉は、まるでベルベットのような光沢を放ち、茎は、翡翠のように、どこまでも透き通っている。
そして何より、その株全体から放たれる、魔力の密度が尋常ではなかった。
「なに、これ……。同じリリ草のはずなのに、魔力の量が、全然違う……!」
普通の薬草がAランクだとしたら、これは、特Aランク、いえ、それ以上かもしれない。
私は、震える手で、その奇跡のような薬草を、そっと摘み取った。
「ポム……あなた、本当にすごいのね……」
それからも、ポムの快進撃は続いた。
岩の隙間に隠れるようにして生えていた、最高品質のヒルクリンドウの根。
古木の洞の中に、ひっそりと群生していた、幻のキノコ。
ポムは、まるで宝探しをするかのように、次から次へと、最高品質の素材を、その小さな鼻先で見つけ出していく。
私の革袋は、あっという間に、見たこともないような、素晴らしい薬草で、いっぱいになった。
「本当に、すごいわ、ポム! あなたは、最高の相棒よ!」
私が、ポムの頭をわしゃわしゃと撫でてあげると、ポムも嬉しそうに、私の手にじゃれついてくる。
その時だった。
――ガサガサッ!!
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