第24話 素材を見抜く瞳、革命をもたらす
私には、その二つの山の違いが、全く分からなかった。
どちらも、同じ場所で、同じように採ってきた、ただのリリ草だ。
私は、不思議に思いつつも、まあ、動物の気まぐれだろう、と軽く考えた。
そして、最初に手に取った方の薬草を使って、錬金を開始しようとする。
その瞬間。
私の顔に、ふわっ、と柔らかな何かが、くっついた。
「な、なによっ!?」
視界が、真っ白な毛で覆われる。
ポムが、私の顔面に、ダイレクトに飛びついてきたのだ。
「もう、ポム! 危ないじゃない!」
私が顔からポムを引き剥がすと、ポムは不満そうに「きゅー!きゅー!」と鳴きながら、再び、机の上の、もう一つの薬草の山を、前足でちょいちょい、と叩いた。
その瞳は、驚くほどに真剣で、絶対に譲らない、という強い意志が込められている。
「……分かったわよ。そんなに言うなら、そっちを使ってみるわ」
仕方なく、私はため息をついた。
正直、どちらを使っても、結果は同じだと思っていた。
だけど、この賢い相棒が、ここまで強く主張するのには、何か理由があるのかもしれない。
私は、ポムが指し示した方のリリ草を手に取った。
そして、改めて、錬金の準備を始める。
この、ほんの些細な選択が、私の錬金術師としての常識を、根底から覆すことになるなんて、この時の私は、まだ知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
「万物の根源たるマナよ、我が声に応え、変容の理をここに示せ」
詠唱と共に、私の手のひらに、魔法陣が浮かび上がる。
もう、すっかり見慣れた光景。
私は、ガラスのフラスコをその中心に置き、慎重に、錬金の工程を進めていった。
清浄な水を注ぎ、魔力で加熱する。
すり潰したヒルクリンドウの根を加え、液体を青く染める。
そして、ポムが選んだ、リリ草の葉を、一枚ずつ、ゆっくりと投入していく。
その瞬間、私は、はっと息を呑んだ。
違う……。
今までの錬金と、何かが、明らかに違う。
リリ草の葉が、フラスコの中の水に触れた瞬間、しゅわわ、と音を立てるかのように、その成分が、驚くほどスムーズに液体の中へと溶け出していくのだ。
いつもなら、魔力を使って、じっくりと時間をかけて行わなければならない「抽出」の工程が、まるで、乾いた砂が水を吸うかのように、自然に、そして完璧に行われていく。
「なに、これ……魔力が、吸い込まれていくみたい……!」
フラスコの中の液体が、今まで見たこともないほど、深く、澄み切った翠色に輝いている。
それは、まるで、生命そのものの色。
私は、ゴクリと喉を鳴らし、最終工程へと進んだ。
錬金術の触媒となる、黄金色の魔力「賢者の光」を、そっと注ぎ込む。
いつもなら、激しい反発と、暴走の危険が伴う、最も緊張する瞬間。
だが――。
黄金の魔力は、何の抵抗もなく、翠色の液体の中へと、すぅっと吸い込まれていった。
まるで、長い間待ちわびていた、恋人と再会するかのように。
反発も、暴走もない。
そこにあったのは、完璧なまでの、調和。
フラスコの中身は、美しいルビーレッドへと、その色を変え、やがて、内側から、後光が差すかのような、荘厳な輝きを放ち始めた。
完成したポーションは、以前作ったものとは、もはや比べ物にならないほどの、圧倒的な存在感を放っている。
小瓶に移し替えると、それは、もはや「薬」というよりも、「聖遺物」とでも呼ぶべき、神々しいオーラをまとっているようだ。
「……どうして」
私は、呆然と、その輝く小瓶を見つめた。
やったことは、いつもと同じはず。
違うのは、ただ一つ。
ポムが、選んだ薬草を使ったこと、だけ。
私は、はっとして、机の上に残っていた、自分が最初に選ぼうとした方の、リリ草の葉を、手に取った。
そして、完成したポーションと、見比べてみる。
見た目も、匂いも、手触りも、何も変わらない。
ただの、同じリリ草だ。
ううん、違う。
私が、全神経を集中させて、二つの薬草を観察すると、ほんのわずかな、違いが見えた。
ポムが選んだ方のリリ草は、その葉脈の隅々にまで、魔力が、まるで血液のように、隅々まで行き渡っている。
対して、私が選ぼうとした方は、魔力の巡りが、どこか滞っているように見える。
外見からでは、絶対に分からない、内部の「品質」の差。
「もしかして、ポム……あなた、これが、分かったの?」
私が、震える声で尋ねると、足元にいたポムは、まるで「当たり前でしょ!」とでも言うかのように、得意げに「きゅるん!」と鳴いて、私の足にすり寄ってきた。
信じられない。
だけど、目の前にある、この奇跡のようなポ-ションが、何よりの証拠だった。
ポムは、ただの可愛いもふもふじゃない。
同じ種類の薬草の中から、最も魔力を豊富に内包した、「最高品質の個体」を、一目で見抜くことができる、とてつもない能力を持っていたのだ。
錬金術の成否は、素材の品質に、大きく左右される。
どんなに腕の良い錬金術師でも、素材が悪ければ、凡庸なものしか作れない。
そして、その素材の内部品質は、どんな高価な鑑定道具を使っても、完全に見抜くことはできない、と言われている。
それが、錬金術師たちの、共通の悩みだった。
「……革命、だわ」
私の口から、思わず、そんな言葉が漏れた。
そうだ。これは、革命なのだ。
ポムの、この能力があれば。
失敗のリスクが、ほぼゼロになる。
それどころか、常に、理論上、考えうる、最高品質のものを、私は、作り出すことができる。
私の弱点。
それは、経験不足からくる、素材鑑定の未熟さだった。
その、最大の弱点を、ポムは、完璧に、補ってくれる。
「ポム……!」
私は、たまらず、床に座り込むと、ポムを力強く、抱きしめた。
「あなた、すごすぎるわ! すごすぎて、ちょっと怖いくらいよ!」
「きゅるる?」
何のことか分からない、といった顔で、ポムが私の頬をぺろりと舐める。
その、くすぐったさと、温かさに、私の目から、涙が、ぽろりとこぼれ落ちた。
「ありがとう、ポム……! あなたがいれば、私、きっと……!」
そうだ。
これからは、もう、一人じゃない。
私には、この最高の相棒がいる。
「ポム! あなたは、今日から、ただのペットじゃないわ。あなたは、私の、たった一人の、かけがえのない『相棒』よ!」
私の宣言に、ポムも、全てを理解したかのように、嬉しそうに「きゅるるるん!」と、高らかな鳴き声を上げた。
その夜、私とポムは、一つのベッドで、今日の感動と、未来への大きな希望を胸に、抱きしめ合ったまま、眠りについた。
明日からは、もっとすごいものが作れるかもしれない。
もっと、たくさんの人を、助けられるかもしれない。
そして、もっと、たくさんのお金を、稼げるかもしれない。
そんな、夢のような未来を、思い描きながら。
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