第23話 新しい家族、ポムと過ごす夜
食堂での嵐のような告白と、リアがもたらしてくれた思いがけない和解。
あの一件以来、アーベント家を覆っていた重苦しい空気は、嘘のように晴れ渡っていた。
もちろん、貧乏な生活がすぐに変わったわけじゃない。
相変わらず、食卓に並ぶのは硬いパンと質素なスープだ。
だけど、そこに浮かぶ家族の表情は、以前とは比べ物にならないほど、明るく、そして穏やかだった。
秘密を共有し、私の覚悟を認めてくれたこと。
それは、私の心を縛り付けていた、重い鎖から解き放ってくれた。
もう、一人で戦わなくてもいい。
私の後ろには、心配しながらも、信じて見守ってくれる家族がいる。
その事実が、私の心に、今まで感じたことのないほどの、温かい安心感を与えてくれていた。
「……自由、か」
その夜、私は自室のベッドの上で、大の字になって天井を見上げていた。
お父様との約束で、無茶な依頼は受けられなくなったし、門限も決められた。
行動の制約は、むしろ増えたと言えるかもしれない。
だけど、私の心は、驚くほどに軽やかだった。
秘密を抱えて嘘をつく必要がなくなっただけで、こんなにも世界が違って見えるなんて。
とん、とベッドが小さく揺れる。
見ると、いつの間にか部屋に入ってきていたポムが、私の胸の上によじ登ってきたところだった。
「きゅるん?」
まるで「なにしてるの?」とでも言うかのように、つぶらな黒い瞳で、私の顔を覗き込んでくる。
「ふふ、ポム」
「きゅー!」
私がその小さな頭を撫でてやると、ポムは嬉しそうに喉を鳴らし、私の胸の上でくるりと丸くなった。
ふわふわで、温かい毛の感触。
とく、とく、と伝わってくる、小さな心臓の鼓動。
前世では、ペットなんて飼ったことがなかった。
自分の生活だけで、精一杯だったから。
生き物の温もりが、こんなにも心を癒してくれるものだなんて、知らなかった。
「可愛いなぁ、ポムは」
私がその柔らかな毛並みを撫でていると、ポムは「きゅるるる……」と、猫が喉を鳴らすような、気持ちよさそうな声を出す。
その無防備な姿を見ていると、自然と、私の口元も緩んでしまう。
この子のために、もっと頑張らなくちゃ。
そう、自然と思えた。
私は、はっとして、ベッドから体を起こした。
そうだ。感傷に浸っている場合じゃなかった。
家族の、そしてポムとの穏やかな日常を守るためにも、私は、もっと力をつけなければならないのだ。
「よし、錬金術の練習よ!」
冒険者ギルドで売れた、あの回復ポーション。
あれは、まぐれ当たりの成功じゃない。
私と、この体に眠る才能があれば、きっと、また作れるはずだ。
まずは、あの品質のポーションを、安定して作れるようになること。量産して、技術を体に覚え込ませるのが先決だ。
私は机に向かうと、昼間のうちに森で採集してきた薬草を、種類ごとに並べていく。
リリ草、ヒルクリンドウの根、それから、いくつかの補助的な薬草たち。
そして、その横に、私の宝物である『初めての錬金術』の本を開いた。
「ええと、回復ポーションのレシピは……あった」
ページをめくり、目的の記述を見つけ出す。
何度読んでも、胸が躍る。
この難解な文章を、私は、自分の力で、現実の奇跡へと変えることができるのだ。
私は、レシピに必要な薬草を、数本ずつ手に取った。
見た目は、どれも同じ。
図鑑で調べても、特に優劣があるようには見えない、ごく普通の薬草だ。
「さあ、始めましょうか」
私が、錬金の準備を始めようと、鍋を手に取った、その時だった。
「くんっ」
足元で、ポムが、何かを訴えるように、鋭く鳴いた。
見ると、ポムは、私が手に取った薬草ではなく、まだ机の上に残っている、別の薬草の山を、じっと見つめている。
「どうしたの、ポム? お腹でもすいた?」
私がそう言うと、ポムはぶんぶんと首を横に振った。
そして、とてとてと私の足元から駆け出すと、机の上にぴょんと飛び乗る。
行儀が悪いけれど、今はそれどころではないらしい。
ポムは、私が選ばなかった方の、リリ草の山に鼻を寄せると、くんくんと匂いを嗅ぎ、そして、これ見よがしに、私の顔を見上げて「きゅん!」と鳴いた。
まるで、「こっちの草を使いなさい」とでも、言いたげに。
「ええ……? でも、どっちも同じリリ草よ?」
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