第22話 家族の食卓にて、令嬢の決意
その日の夕食は、いつも以上に静かだった。
いえ、静かというよりは、空気が重い。
テーブルに並んでいるのは、いつも通りの硬いパンと、具の少ないスープ。
だけど、お父様もお母様も、どこか探るような視線で、時折ちらりと私を見ている。
何か、感づかれているのかしら。
私は、気づかないふりをして、黙々とスープをスプーンで口に運んだ。
味が、全くしない。
私の後ろに控えるミレイユの気配も、いつもより硬い気がする。
「エリス」
沈黙を破ったのは、お父様だった。
その声は、低く、静かだったけど、元騎士団長としての威厳が滲んでいる。
「お前、最近、どこで何をしている?」
来た。
私は、スプーンを置いた。
覚悟を決めるしかない。
「……お父様たちには、心配をかけたくなくて、黙っていました。ですが、もう隠し事はしません」
私は、椅子から降りると、その場で深々と頭を下げた。
「私は、冒険者として、お金を稼いでおりました」
食堂が、水を打ったように静まり返る。
お母様が、息を呑むのが分かった。
「冒険者、だと……?」
お父様の声には、驚きと、そして私の身を案じる怒りの色が混じっていた。
「なぜ、そんな危険なことを……! お前は、アーベント家の令嬢なのだぞ!」
「名ばかり伯爵家の令嬢に、何の価値があるというのですか! 私は、自分の力で、この家を立て直したい。リアに、欲しいものを買ってあげたい。ただ、それだけです!」
私がお父様の目を見返して叫んだ、その時だった。
「旦那様、奥様。お話の途中に、大変失礼いたします」
凛とした、覚悟を決めた声。
声の主は、私の後ろに控えていたミレイユだった。
彼女は、私の隣に静かに進み出ると、私と並んで、お父様とお母様に向かって、深く頭を下げた。
「その件につきましては、不忠の極みと存じますが……私も、存じ上げておりました」
「な……!?」
お父様の顔が、驚愕に見開かれる。
お母様も、信じられないというように、ミレイユと私を交互に見ていた。
「ミレイユ、お前まで……! なぜ、黙っていたのだ!」
「エリス様のあまりにも固いご決意と、ご家族を深く想うお心を前に……私には、お止めすることができませんでした。知りながらご報告しなかった責めは、すべて私にございます。いかなる罰もお受けする覚悟です」
「違うの、ミレイユ!」
私は、思わず叫んでいた。
「私が、ミレイユにお願いしたの! 言わないでって、無理やり約束させたのよ! だから、ミレイユは悪くないわ!」
私を庇おうとするミレイユと、そんな彼女を庇おうとする私。
そのやり取りを見て、お父様は怒りの言葉を失い、ただ唇を噛み締めている。
張り詰めた、重苦しい空気。
その空気を破ったのは、食堂に響いた、小さな足音だった。
「お姉ちゃま!」
タタタッと駆け込んできたのは、パジャマ姿のリア。
そして、その腕の中には――。
「きゅ?」
白い狼が、不思議そうな顔で小首を傾げていた。
どうやら、白い狼はベッドの下から出てしまったのだろう。
それを、リアに発見されたようだ。
お父様も、お母様も、そしてミレイユも、突然現れた白い狼を見て、目を丸くしている。
その場の全員が、言葉を失っていた。
その奇妙な沈黙を破ったのは、リアの、弾けるような笑顔だった。
「わーい! しろいふわふわちゃん!」
リアは、その小さな腕で、白い狼をぎゅーっと抱きしめた。
腕の中で、白い狼は少し窮屈そうにしていたけれど、不思議と嫌がるそぶりは見せない。
それどころか、リアの頬に、自分のふわふわの体をすり寄せている。
「お姉ちゃま、私がペットを欲しがっていたの覚えてくれていたんだよね? ありがとう! この子、リアのおともだち!」
涙で濡れた瞳をきらきらと輝かせ、リアは満面の笑みで私を見上げた。
その純粋な感謝の言葉と、一点の曇りもない笑顔。
それを見た瞬間、私の中で張り詰めていた何かが、ふっと緩むのを感じた。
ああ、そうか。私は、この笑顔が見たかったんだ。
「この子、ポムって名前にする!」
リアは、まるでそれが当然であるかのように、高らかに宣言した。
ポム。
確かに、ぽむぽむしてて、ぴったりの名前かもしれない。
お父様とお母様は、まだ戸惑いを隠せないでいた。
だけど、心の底から嬉しそうに笑う娘の姿を見て、そして、そのために危険に身を投じたもう一人の娘と、それを支えた忠実なメイドの姿を見て、ただ叱るだけではいけないと、悟ってくれたようだった。
「……エリス」
お母様が、私の隣にそっと膝をついた。
その優しい翠の瞳が、まっすぐに私を見つめている。
「あなたが、家族のために、どれほど危険なことをしていたか……母さんは、気づいてあげられなくて、ごめんなさい。そして……ありがとう」
お母様の指が、私の頬を優しく撫でる。
その温かさに、なぜだか、泣きそうになった。
「リアが、あんなに喜んでいるわ。この子のことは、家族として、迎え入れてあげましょう。ねぇ、あなた」
お母様がお父様にそう言うと、お父様は天を仰いで大きなため息を一つつき、そして、困ったように笑った。
「……まったく。我が家の女性たちには、敵わんな」
お父様は椅子から立ち上がると、私の前に屈み、その大きな手で、私の頭をぽん、と撫でた。
「冒険者をしていたこと、許したわけではない。だが、お前が妹のために、そして我々のために、自分の力で道を切り開こうとしたこと、父として誇りに思う」
そして、お父様は真剣な眼差しで、私の目を見た。
「ただし、条件がある。ミレイユと交わした約束、父とも交わせ。決して、無茶はしないこと。そして、どんな些細なことでも、私たちに報告すること。いいな?」
「……はい!」
私は、力強く頷いた。
こうして、私の冒険者稼業は、家族公認のものとなった。
そして、アーベント家には、ポムという名の、新しい家族が加わったのだった。
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