第21話 銀貨三枚と、小さな奇跡
私が冷たい声でそう言うと、商人は一瞬怯んだように見えたが、すぐににやにやとした笑みを浮かべた。
「へっへっへ……お嬢ちゃんには、特別に勉強させてもらうぜ。そうだな……銀貨で3枚ってとこだな!」
銀貨3枚。
今の私には、お金がある。
さっきギルドで手に入れたばかりの、銀貨が。
私は、少しも迷わなかった。
懐から、巾着袋を取り出すと、その中から銀貨を3枚、取り出した。
「銀貨、3枚。これでお願いします」
私が、凛とした声でそう言うと、商人も、周りの野次馬たちも、あっけにとられた顔で固まった。
まさか、こんな小さな女の子が、いとも簡単に銀貨を出すとは思っていなかったのだろう。
銀貨一枚は、銅貨百枚分の価値があるのだから。
「お、お、おお……! こりゃ驚いた! いいのかい、お嬢ちゃん!?」
「ええ」
私がきっぱりと言うと、闇商人は銀貨の輝きに目がくらんでいるのか、慌てて錆びついた檻の錠を外した。
「へ、へい!」
ぎぃ、と嫌な音を立てて扉が開く。
商人が檻の中に無造作に手を突っ込むと、白い毛玉は「きゅぅん!」と悲鳴のような声を上げて隅で固まってしまった。
「やめて! 乱暴にしない!」
私が叫ぶと、商人はびくりと手を止める。
私は人垣をかき分け、檻の前まで進むと、その場にそっとしゃがみ込んだ。
「大丈夫よ。もう怖くないから。一緒におうちに帰りましょう?」
私は、できる限り優しい声で語りかけながら、ゆっくりと、震える白い毛玉に向かって手を差し伸べた。
私の手を見て、毛玉の体が一瞬こわばる。今まで、人間にたくさん酷いことをされてきたのだろう。
それでも、私は辛抱強く、その手を差し伸べたまま、じっと待った。
やがて、白い毛玉はおずおずと顔を上げた。
つぶらな青い瞳が、不安そうに私を見つめている。
私の目に敵意がないことを感じ取ってくれたのか、小さな鼻先をくん、と鳴らし、私の指先に、そっと触れた。
温かくて、少し湿った感触。
私が微笑むと、白い毛玉は、ようやく安心したように体の力を抜き、私の元へと、その小さな身を委ねてくれた。
私は、壊れ物を扱うように、そっと、その子を両手で抱き上げる。
腕の中に収まった小さな命は、驚くほど軽くて、そして、とても温かかった。
こうして私は、財産の一部と引き換えに、一匹の小さな奇跡を、その腕に抱きしめたのだった。
◇ ◇ ◇
小さな命を腕に抱き、私は家路を急いだ。
腕の中で、白い毛玉はまだ少しだけ震えていたけれど、さっきよりはずっと落ち着いているようだった。
時折、私の胸に顔をうずめて、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「大丈夫よ。もう、怖いことは何もないからね」
私がそう声をかけると、腕の中の温もりが「きゅん」と小さく応えてくれた。
屋敷の裏口からこっそりと中に入り、私は自分の部屋へと直行する。
まずは、この子を綺麗な場所で休ませてあげなくちゃ。
私は、ベッドの上にそっとその子を下ろした。
柔らかなシーツに触れて、白い狼は少しだけ安心したように体の力を抜く。
私は、部屋にあった清潔な布と、水を入れた小皿をベッドの脇に置いてあげた。
「喉乾いているでしょ? さあ、どうぞ」
私が少し距離を取ると、白い狼は、ベッドからそろりと顔を出し、安全を確認すると、ようやく小さな体で床に降りて、小皿の水をぺろぺろと飲み始めた。
その姿に、私は思わず頬を緩める。
しばらくして、部屋の扉がコン、コン、とノックされた。
「エリス様、夕食の準備ができました」
ミレイユの声だ。
まずい、もうそんな時間。
「う、うん、今行く!」
私が慌てて返事をすると、狼は私の気持ちを察したかのように、素早くベッドの下に潜り込んでしまった。
なんと、賢い子。
私は平静を装い、扉を開けて、ミレイユと共に食堂へと向かった。
今日の夕食は、何事もなければいいけれど……。
そんな私の淡い期待は、すぐに打ち砕かれることになる。
【作者からのお願いです】
・面白い!
・続きが読みたい!
・更新応援してる!
と、少しでも思ってくださった方は、
【広告下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】
皆様の応援が作者の原動力になります!
何卒よろしくお願いします!




