第20話 闇商人と、檻の中の小さな声
私は換金したばかりの銀貨が入った巾袋を大事に懐にしまい、家路についていた。
夕暮れの商業区は、仕事を終えた人々でごった返している。
香ばしい焼き菓子の匂い、行き交う人々の楽しげな話し声。
そんな日常の喧騒を抜け、私はいつも通り、人通りの少ない裏路地を抜けて帰ることにした。
その方が、貴族街のはずれにある我が家には近道なのだ。
いつもは、薄暗く、ただ通り過ぎるだけの何の変哲もない路地。
だが、その日の裏路地は、いつもとは違う異様な熱気に包まれていた。
「おい、もっといいモンはいねぇのか!」
「こいつはいくらだ? 少し負けろや」
人だかりの中心から、下卑た男たちの声が聞こえてくる。
何だろう?
好奇心に引かれ、私は人垣の隙間からそっと中を覗き込んだ。
そこにいたのは、黒いローブを目深にかぶった、痩せぎすの男だった。
男の前には、いくつもの鳥かごのような、粗末な鉄製の檻が並べられている。
檻の中から聞こえてくる、か細い鳴き声。
「へいへい、らっしゃい! 珍しい魔物、見ていきな!」
闇商人。
違法なルートで捕獲した魔物や、禁制品を売りさばく、裏社会の住人だ。
貴族の嫡男としての記憶が、その存在を私に教えていた。
関わってはいけない種類の人間だ。
私は眉をひそめ、すぐにその場を立ち去ろうとした。
檻の中の魔物は、どれも見るからに弱っている。
毛並みは汚れ、目に光がない。
おそらく、ろくに餌も与えられず、劣悪な環境で運ばれてきたのだろう。
こんな場所で売られている魔物を買っても、すぐに死んでしまうに決まっている。
胸糞の悪い光景だった。
私が背を向け、一歩踏み出した、その時だった。
「――きゅぅ……」
か細い、本当に消え入りそうな鳴き声が、私の耳に届いた。
足を止め、私はもう一度、人垣の向こうに視線を戻す。
声は、一番隅に、乱雑に積み上げられた檻の中から聞こえてきていた。
他の檻よりも一回りも二回りも小さい、錆びついた檻。
その中で、雪のように真っ白な小さい狼が、小さく丸まって震えていた。
長い耳、ふわふわの尻尾。
ただ、ひたすらに白くて、可愛い。
闇商人は、その檻を足でつん、と突いた。
「まったく、こいつは何の役にも立ちゃしねぇ。ただ臆病なだけで、芸の一つもできやしねぇ綿毛獣よ」
ぺっ、と商人は地面に唾を吐き捨てる。
その言葉と態度に、私の中で何かがカチンと音を立てた。
その瞬間、私の脳裏に、数週間前の食卓の光景が、鮮明に蘇る。
『ねぇ、おにいちゃま。リアね、わんわんほしいな。もふもふの、わんわん』
寂しそうに、それでも我慢強くと俯いた、愛しい妹の顔。
私は、ほとんど無意識のうちに、人垣をかき分けて前に出ていた。
周りの大人たちが、訝しげな顔で私を見下ろす。
「……あの、これ、いくらですか?」
私の声は、自分でも驚くほどに、はっきりと響いた。
「おや、坊っちゃん。こんな薄汚いモンに興味があるのかい?こいつはなぁ……」
商人は、何か口上を述べようとしたが、私はそれを遮る。
「いくらですか、と聞いています」
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