第18話 ギルドを揺るがす、紅き小瓶
私は意を決して、扉を押し開けた。
むわりとした熱気と、汗と酒と鉄の匂い。
ギルドホールは、昼下がりの時間帯にもかかわらず、多くの冒険者でごった返していた。
私は、その光景を、以前とは少し違う視点で見つめている。
屈強な剣士の腕に巻かれた、真新しい包帯。
軽装の斥候の腰に吊るされた、空っぽのポーション瓶。
傷だらけの盾を磨きながら、仲間と酒を酌み交わす重戦士。
この人たちは、誰もが、文字通り、命を懸けている。
彼らにとって、質の良い回復薬は、金の問題ではなく、生死を分ける生命線そのものなのだ。
私の作った、あのポーションは、この人たちの役に立てるかもしれない。
私は、人混みをかき分けるようにして、いつもの受付カウンターへと向かう。
カウンターの向こうでは、猫人族のミミさんが、山積みの書類と格闘していた。
時折、ピンと立った猫耳をぱたぱたと動かし、長い尻尾が不機嫌そうに揺れている。
「あら、エリスちゃん。いらっしゃい。今日は依頼?」
私の存在に気づいたミミさんが、書類の山から顔を上げて、気だるげに声をかけてきた。
彼女の態度は相変わらずだけど、その声には、もうすっかり私への親しみが含まれている。
「こんにちは、ミミさん。いえ、今日は依頼じゃなくて……これを、ギルドに買い取っていただきたくて」
私は、懐から大事に布で包んでいた小瓶を取り出し、そっとカウンターの上に置いた。
小さなガラスの小瓶の中で、ルビーレッドの液体が、ギルドの薄暗い照明を反射して、妖しいまでに美しく輝いている。
「……まあ、綺麗な小瓶ね。香水か何か?」
ミミさんは、その美しい輝きに、一瞬、目を細める。
だけど、次の瞬間。
彼女の表情が、驚愕に凍り付いた。
ピンと立った猫耳が、ありえないものを見たかのように、ぴくぴくと激しく痙攣し、ゆらゆらと揺れていた尻尾が、びんっ、と逆立つ。
「なっ……!? な、なんなのよ、この魔力……!?」
小瓶から放たれる、尋常ではない魔力のオーラ。
それは、隠そうとしても隠しきれない、圧倒的な生命力と純度の証。
甘く、それでいて心が安らぐような香りが、カウンターの周りにふわりと漂う。
その異常な魔力に、近くにいた冒険者たちも気づき始めた。
特に、魔力に敏感な魔術師や神官たちが、何事かとこちらに視線を向けて、ざわめき始めている。
「おい、なんだ……? あのカウンター、すごい魔力反応だぞ……」
「なんだありゃ、高位の魔法薬か? あんな色の、見たことねぇぞ……」
周囲のざわめきが、私の肌をぴりぴりと刺す。
ミミさんは、信じられない、という顔で、私と小瓶を交互に見つめた。
「ちょっと、エリスちゃん! これ、一体なんなのよ!? まさか、あんたが作った、なんて言わないでしょうね!?」
鋭い視線が、私を射抜く。
まずい! 子供が作ったなんて言ったら、絶対に信じてもらえない! それどころか、どこかで盗んできたと疑われるかもしれない!
私の頭が、高速で回転する。
「ち、違います! これは、私が作ったんじゃなくて……し、師匠から!」
「……師匠?」
咄嗟に口から出た、苦し紛れの言い訳。
ミミさんは、訝しげに眉をひそめた。
「あんたに、師匠なんていたの? 初耳なんだけど」
「は、はい! 森の中で、偶然出会ったんです! すっごい錬金術師の方で……! これは、その方が『自分の実力を試してこい』って、渡してくれた、試作品なんです!」
我ながら、なんて陳腐な言い訳だろう。
私が必死にそう訴えると、ミミさんは、まだ半信半疑ながらも、「ふーん……」と呟いて、再び小瓶へと視線を落とした。
「……で、これは、一体何の薬なのよ」
「回復ポーション、です」
「はぁ!? これが、回復ポーション!?」
ミミさんの驚愕の声が、カウンターに響く。
彼女は、震える手で小瓶を掴もうとして、寸前で思いとどまった。
まるで、触れることすら躊躇われる、神聖なものでもあるかのように。
「わ、私じゃ判断できないわ……! こんなもの、見たことも聞いたこともない……!」
彼女は、カウンターの奥にある小部屋に向かって、今にも泣き出しそうな、上ずった声で叫んだ。
「ギ、ギルドマスター! ドルガンさーん! ちょっと、大変です! すぐに来てください!」
ミミさんの切羽-詰まった声に、ホールにいた冒険者たちの視線が、一斉に私のいるカウンターへと突き刺さった。
好奇、驚愕、そして、欲望。
様々な感情が入り混じった視線の集中砲火に、私は、フードの下で、ぎゅっと唇を噛み締める。
「――騒々しいぞ、ミミ! 儂は今、取り込み中だと……」
ぎぃ、と音を立てて、奥の扉が開いた。
現れたのは、巨大な戦斧を肩に担いだ、ギルドマスターのドルガンさん。
その不機嫌そうな顔は、しかし、カウンターの上に置かれた小さな小瓶を認めた瞬間、驚愕に変わった。
「……なんだ、それは」
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