第17話 この一瓶に未来を賭けて
震える声で、私がそう呟いた時。
どっと、全身から力が抜けた。
私は、その場に、へなへなと座り込んでしまう。
全身、汗でびっしょりだ。
だけど、心は、今まで感じたことのないほどの、達成感で満たされていた。
私は、震える手で、完成したポーションを二つの小瓶に分けた。
一つは、自分用。
そして、もう一つは売る用だ。
◇ ◇ ◇
ポーションの完成から、翌日。
私は、自分の部屋で、一つの大きな問題に直面していた。
このポーション、どうやって売ろう……?
完成したポーションの効果は、絶大だった。
試しに、自分でわざと作った小さな切り傷に、一滴だけ垂らしてみた。
すると、傷は光と共に一瞬で塞がり、痕跡すら残らなかったのだ。
市販されている、安物の傷薬とは、比べ物にならない。
入門書のレシピを元にしたのに、これほどのものができるなんて。
これも、エリスちゃんの体に眠る、錬金術の才能のおかげなのだろうか。
これなら、高く売れるに違いない。
だが、問題は、その売り方だった。
普通の薬屋に持ち込んでも、まず相手にされないだろう。
八歳の女の子が、一人で「回復ポーションを作りました」なんて言っても、頭のおかしい子だと思われるのが関の山だ。
最悪の場合、無免許で薬を売ろうとした、として、衛兵に突き出されるかもしれない。
やっぱり、冒険者ギルド、しかないか……。
あそこなら、実力主義だ。
品物の質さえ良ければ、売り主が誰であろうと、関係ないかもしれない。
何より、ギルドマスターのドルガンさん。
あの人は、私の目を見て、その奥にある覚悟を見抜いてくれた。
もしかしたら、このポーションの価値を、正当に評価してくれるかもしれない。
だけど、正体がバレるリスクは、できる限り避けたい。
「エリス・フォン・アーベント」としてではなく、あくまで、匿名の錬金術師の代理、という形で売り込む必要がある。
「森で出会った師匠」という設定で、売るのもありかもしれない。
「よし、決めたわ」
私は、小瓶を一つ、大事に布で何重にも包むと、懐の奥深くにしまい込んだ。
そして、いつものように、大きなフードを目深にかぶり、顔を隠す。
「ミレイユ、ちょっとギルドに行ってくるわね」
部屋を出ると、廊下を掃除していたミレイユに、そう声をかけた。
彼女は、私の姿を見て、一瞬、何か言いたそうな顔をしたが、結局、「お気をつけて」とだけ言って、優しく送り出してくれた。
私は、逸る心臓を抑えながら、冒険者ギルドへと向かう。
ギルドの扉の前で、一度、足を止めた。
中からは、相変わらず、荒くれ者たちの喧騒が聞こえてくる。
前回、この扉を開けた時、私はただの「見習い」だった。
だけど、今は違う。
私は、商品を売りに来た、「商人」でもあるのだ。
この小さな一瓶が、私の運命を変えるかもしれない。
懐の小瓶が、まるで生きているかのように、温かい。
それは、私の覚悟と、希望の熱。
「さあ、交渉開始よ」
私は、小さく、しかし力強く呟くと、ギルドの重い扉に、そっと手をかけた。
これから始まる、未知の展開への、期待と不安を、その小さな胸いっぱいに抱きしめて。
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