第16話 真紅のポーションを錬り上げ
私は、すり鉢で丁寧にすり潰したヒルクリンドウの根を、パラパラとフラスコの中に投入した。
瞬間、無色透明だった水が、鮮やかな青色に変化する。
まるで、インクを垂らしたかのようだ。
次に、リリ草の葉を、一枚ずつ、ゆっくりと加えていく。
青かった液体は、リリ草の成分と反応し、今度は美しいエメラルドグリーンへと色を変えた。
ここまでは、順調……。
問題は、ここからだ。
それぞれの薬草が持つ有効成分を、魔力を使って、液体の中に完全に溶け出させる「抽出」の工程。
それを、魔力コントロールだけで行わなければならない。
私は、フラスコにそっと手をかざした。
「イメージするのは、調和……。それぞれの良いところだけを、引き出してあげる……」
自分に言い聞かせるように、呟く。
魔力を、できる限り細く、できる限り優しく、フラスコの中へと流し込んでいく。
緑色の液体が、ゆっくりと渦を巻き始めた。
リリ草の細胞壁が、魔力によって破壊され、中の成分が解き放たれていくイメージ。
ヒルクリンドウの成分が、それを優しく包み込み、安定させていくイメージ。
じわり、と額に汗が滲む。
とてつもない、集中力が必要だった。
少しでも気を抜けば、成分同士が反発しあい、ただの毒液になりかねない。
数分が、まるで数時間にも感じられた。
やがて、液体の中から、不純物だった繊維質が分離し、鍋の底に沈殿していく。
上澄み液は、透き通った、若草色に輝いていた。
「……よし。最終工程」
私は、右の掌に、錬金術用の、黄金色の魔力を練り上げた。
「賢者の光」。
私の才能の証であり、奇跡の触媒。
「お願い……!」
祈るような気持ちで、私はその黄金の魔力を、フラスコへと、一気に注ぎ込んだ。
その瞬間――!
カッ!
フラスコが、目も眩むほどの閃光を放った。
液体が、激しく沸騰し、ガラスが砕けんばかりに、ビリビリと振動する。
「きゃっ……!」
熱い! 魔力が、暴走している!
失敗か!?
私の脳裏に、入門書にあった警告文が、フラッシュバックする。
『――魔力の注入に失敗せし時、錬金釜は爆ぜ、術者はその身を灼かれることになろう――』
まずい、このままじゃ……!
パニックになりかけた、その時だった。
――落ち着きなさい。反応を、よく観察するのよ。
不意に、前世の記憶が蘇った。
大学の化学実験で、フラスコを爆発させかけた私に、担当の老教授がかけてくれた、あの時の言葉。
そうだ。慌てちゃダメだ。
現象を、よく見るんだ。
私は、必死に目を開き、激しく沸騰するフラスコの中を、凝視した。
黄金の魔力と、薬草の成分が、激しく反発しあっている。
まるで、水と油のようだ。
このままじゃ、分離したまま、爆発してしまう。
どうすれば、混ざり合う……?
繋ぐ、架け橋になるもの。
この錬金術において、その役割を果たすのは……
私自身の、魔力……!
気づいた瞬間、私は、自分の左手を、フラスコにそっと添えた。
そして、黄金の魔力とは違う、私自身の、素の魔力を、繋ぎとして、ゆっくりと流し込んでいく。
「イメージするのは、破壊じゃない……。調和よ……!」
私の魔力が、暴れる黄金の魔力と、薬草の成分の間に、まるでクッションのように入り込んでいく。
激しかった沸騰が、少しずつ、収まってきた。
ガラスの振動が、止まる。
そして――。
フラスコの中の液体は、反発しあうのをやめ、ゆっくりと、一つに溶け合っていった。
ピンク色だった液体が、まるで夕焼けのように、美しいルビーレッドへと、その色を変えていく。
甘くて、心が安らぐような、花の香りが、部屋いっぱいに満ち満ちていた。
やがて、フラスコは、完全に輝きを失い、静寂を取り戻す。
そこにあったのは、高級なワインか、あるいは貴婦人が使う香水のように、美しいガラス容器の中で、静かに揺らめく、真紅の液体だった。
「……できた」
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