第14話 奇跡の傷薬
ふっと、体の力が抜けた。
「成功させよう」という気負いが消え、無心になった瞬間。
目の前の光の線が、すっ、と安定した。
(――これだ!)
完成した魔法陣が、淡い光を放ち、ゆっくりと回転を始める。
美しい。
まるで、星空を凝縮したかのようだ。
私は、その魔法陣の中心に向かって、再び、体内の魔力を注ぎ込んだ。
今度は、成功する。
そんな、確信があった。
その瞬間――。
私の周りに、ふわり、と温かい光が生まれた。
それは、魔法を使った時の、赤や青の光とは、全く違う。
まるで、溶かした黄金を振りまいたかのような、どこまでも優しくて、温かい、黄色の光の粒子。
「わぁ……」
思わず、声が漏れた。
黄金色の粒子は、私を祝福するかのように、キラキラと輝きながら、部屋の中をゆっくりと舞っている。
まるで、金色の蛍の群れに、包まれているかのようだ。
これって……成功、なの?
私は、慌てて本の記述を確認する。
そこには、こう書かれていた。
『――もし、汝が真の才能を持つ者ならば、魔力は牙を剥くことなく、汝を祝福する黄金の光となって、その身を包むであろう。これこそが、万物を育む源にして、奇跡の触媒となる「賢者の光」。この第一の関門を越えられるか否かこそ、錬金術師としての、最初の才能の分かれ目なのである』
「……才能の、分かれ目……」
本来なら、ここは暴走した魔力が火花となって飛び散る、危険な儀式のはずだった。
なのに、私は、できた。
それも、いとも簡単に。
もしかして、私には、錬金術の才能が……?
いや、前世の私は、どこにでもいる、ただの凡人だった。
だとしたら、この才能は、私自身のものではない。
この体……エリスちゃんの、才能……?
そう、思い至った。
あの性悪女神が、こんな特別な才能を、私に与えてくれるはずがない。
だとしたら、このエリス・フォン・アーベントという少女の体に、元々、この規格外の才能が眠っていた、ということになる。
前の彼女は、それに気づくことなく、絶望の中で、その生を終えてしまったのか……。
エリスちゃん。あなたの才能、私が無駄にはしないからね。
私は、今はもういない少女に、心の中で、そっと誓った。
興奮に高鳴る胸を抑え、私は、本の次のページを、震える手でめくる。
最初の関門を突破した私が、次に挑むべき課題。
それは――。
『第二章:基礎錬金術の実践 ~薬草の魂を抽出せよ~』
まさか、本を買ったその日のうちに、実践の段階まで進めるなんて。
私は、机の上に広げていた薬草たちを、改めて見つめた。
数時間前まで、ただの「植物」だったものが、今、私の目には、未知の可能性を秘めた「素材」として、きらきらと輝いて見えている。
「まずは、一番簡単なものから、ね」
私が、最初の錬金の題材として選んだのは、「リリ草の傷薬」
冒険者として、一番最初にお世話になった、あのありふれた薬草だ。
入門書にも、一番最初に載っている、基本中の基本のレシピ。
私は、薬草図鑑と錬金術の本を、何度も何度も見比べる。
リリ草のどの部分に、薬効成分が集中しているのか。
その成分を、最も効率よく抽出するための、最適な温度は?
魔力を加える、ベストなタイミングは?
前世の化学の知識が、ここで、絶大な効果を発揮した。
この世界の人間が、経験則と曖昧な感覚でしか捉えていない「調合」という行為を、私は、「化学反応」として、論理的に理解することができる。
「よし、イメージはできたわ」
私は、厨房から借りてきた、古びた鍋を、丁寧に布で清めた。
そして、私は水を鍋に注ぐ。
材料は、リリ草の葉と、それから、触媒として、ほんの少しだけ、別の薬草の根を削ったもの。
準備は、整った。
私は、深呼吸を一つして、錬成を開始する。
まず、鍋に、ごく微量の魔力を通し、中の水を活性化させる。
ただ熱するのではない。
水分子そのものに働きかけ、素材を受け入れやすい状態にするのだ。
次に、すり鉢で丁寧にすり潰したリリ草の葉を、鍋の中に、そっと投入する。
緑色の成分が、じわり、と水に溶け出していく。
「……分子構造をイメージして。結合を、解き放つ……!」
私は、目を閉じ、全神経を鍋の中へと集中させる。
リリ草の有効成分が、他の不要な成分から、分離していくイメージ。
魔法とは、全く違う。
これは、どこまでも精密で、どこまでも論理的な作業だ。
そして、仕上げ。
私は、先ほど練り上げた、「賢者の光」――黄金色の錬金術の魔力を、触媒として、鍋の中に、そっと注ぎ込んだ。
その瞬間。
鍋の中身が、かっと眩い光を放った。
黄金色の粒子が、鍋の中の液体と混じり合い、激しい化学反応を促進させていくのが、魔力を通して、肌で感じられる。
リリ草の、爽やかで、心地よい香りが、部屋いっぱいに満ちていた。
やがて、光が収まった時。
鍋の中にあったのは、もはや、ただの薬草の煮汁ではなかった。
「……きれい」
半透明で、まるでエメラルドのように輝く、美しいゲル状の軟膏。
それが、鍋の底で、ぷるん、と優雅に揺らめいていた。
私は、恐る恐る、その軟膏を指先で少量だけすくい取る。
そして、依頼の際にうっかり切ってしまった、指先の小さな傷に、そっと塗り込んでみた。
しゅわわわ……。
優しい光と共に、傷が、一瞬で塞がっていく。
痛みも、痒みも、まったくない。
数秒後、そこには、傷跡一つない、すべすべの肌が、元通りになっているだけだった。
「……できた。できちゃった……!」
喜びが、体の奥底から、沸き上がってくる。
ただの知識じゃない。ただの才能じゃない。
私が、この手で、初めて生み出した、奇跡。
私は、完成した軟膏を、小さな空き瓶に、大事に、大事に移し替えた。
小瓶の中で、それは、どんな宝石よりも、美しく輝いて見える。
すごい……! 錬金術、すごすぎる……!
興奮が、冷めない。
もっと知りたい。もっと作りたい。
知的好奇心と、創作意欲が、私の中で、大爆発を起こしていた。
私は、再び、錬金術の入門書のページを、目を輝かせながら、夢中でめくり始める。
次は何を作ろう?
火傷に効く薬? それとも、疲れが取れる栄養剤?
ああ、なんて、なんて、面白いんだろう!
これが、私と錬金術の、本当の出会い。
そして、この小さな成功が、やがて王都を、そしてこの国の常識すらもひっくり返していくことになる、壮大な物語の、本当の始まりのページだった。
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