第12話 錬金術の道を歩み出す
「え? なあに?」
「ラスール公爵家のご令息、ルートス様のことよ。原因不明の、重い病に倒れられたんですって」
「ええっ!? あの、ルートス様が!? 嘘でしょ!?」
ラスール公爵家。
その名前に、私の心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
このアステル王国に二つある、最高位の公爵家。
一つは、私の家を陥れた、憎きアルバ公爵家。
そして、もう一つが、このラスール公爵家だ。
アルバ公爵家とは、長年、権力を二分してきた、いわばライバルのような家系。
そのご子息が、病気……?
なんだか、妙な胸騒ぎがする。
少女たちのひそひそ話は、まだ続いていた。
「なんでも、どんな名医にも、神官様にも、原因が分からないらしいの。アルバ公爵家が裏で何か仕掛けた、なんて黒い噂まで流れてるくらいよ」
「こ、怖い……。でも、私たちで、何かできないかしら?錬金術で、病気を治す薬とか……」
「無理よ! 私たちなんて、まだ基礎を学んでるだけじゃない。そんなこと、できるわけないわ」
……そうだろうな。
私にだって、関係のない話だ。
公爵家のご子息の病気なんて、雲の上の出来事。
きっと、そのうち、大陸一の名医か、高名な聖女様でも現れて、あっさりと治してしまうに違いない。
私は、自分にそう言い聞かせた。
今は、他人の心配をしている場合じゃない。
自分の足元を、固めるのが先だ。
私は再び本に視線を落とし、その内容を頭に叩き込む。
やる気が、みなぎってきた。
早くお家に帰って、この本に書かれていることを、試してみたい。
私は、意を決して椅子から立ち上がった。
銅貨四十枚の錬金術の入門書を、小脇に抱える。
そして、次に、薬草の本が置いてあるコーナーへと向かった。
薬草図鑑は、どれも高価なものばかりだった。
分厚くて、精密な挿絵が入った本格的なものは、銀貨どころか、金貨で取引されている。
今の私には、到底手が出ない。
私は、棚の隅にあった、一番安くて、一番薄い本を手に取った。
『森の恵み入門 ~身近な薬草50選~』
値段は、銅貨十枚。
内容は、リリ草のような、ありふれた薬草ばかりだったけど、今の私には、これで十分。
ここから、一歩ずつ、始めればいい。
私は、二冊の本を抱えて、レジカウンターへと向かった。
厳めしい顔をした、老人の店主が、私を見て少しだけ目を見開く。
「……ほう。嬢ちゃん、錬金術と薬学かい。また、渋いところを……」
「はい。勉強したいので」
「そうかい。まあ、頑張りな」
店主は、ぶっきらぼうにそう言うと、銅貨を五十枚、受け取った。
ずしりと重かった巾着袋が、一気に軽くなる。
だけど、私の心は、むしろ、翼が生えたかのように軽やかだった。
店を出ると、外はもう、オレンジ色の夕日に染まり始めていた。
私は、手に入れた二冊の宝物を、ぎゅっと胸に抱きしめる。
この本が、私を、そして家族を、救ってくれる。
そんな確信に満ちた足取りで、私はルンルンと、我が家へと続く道を、駆け出す。
これが、私の長い錬金術師への道の、本当の始まり。




