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【書籍化決定】転生処理ミスで貧乏貴族にされたけど、錬金術で無双します!~もふもふとお金を稼いで家を救います~  作者: 空月そらら
第一章

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第11話 錬金術入門書を買いたい

ミレイユと、二人だけの秘密の約束を交わしてから、数週間が過ぎた。

 

 私の生活は、以前と変わらず、けれど確かな目的意識を持って続けられている。


 早朝、まだ薄暗い中にお屋敷を抜け出し、冒険者ギルドへ。

 

 ミレイユとの約束通り、私が受けるのはFランクの依頼だけ。


 それも、戦闘の危険性が極めて低いものに限定している。


 街のお掃除、倉庫の荷物運び、そして得意の薬草採集。

 

 どれも地味で、根気のいる仕事ばかり。

 

 それでも、一日働けば、銅貨が数枚、私の小さな巾着袋にチャリンと音を立てて収まる。

 

 その音が、私の心をどれだけ満たしてくれたことか。


 一日、また一日と、銅貨は着実に貯まっていった。

 

 十枚になり、二十枚になり……そして今日、ついに目標としていた枚数が目前に迫っていた。


「……四十三、四十四、四十五……!」


 自室のベッドの上で、私は稼いだ銅貨を一枚一枚、丁寧に数え上げる。

 

 指先が、金属の匂いで少し黒くなっている。

 

 あと五枚。


 今日の依頼をこなせば、銅貨が五十枚になる。


 それは、学費という途方もない金額に比べれば、砂漠の中の一粒の砂のようなものかもしれない。

 

 だけど、今の私にとっては、未来への扉を開けるための、最初の鍵だった。


「よしっ!」


 私は気合を入れて立ち上がると、冒険者用の動きやすい服に着替える。

 

 厚手のシャツに丈夫な革のベスト、腰には小物を下げられるベルト。

 

 足元には膝まである革のブーツを履き、砂利道や森のぬかるみにも負けないように備えた。


 これなら、泥だらけになっても洗濯しやすいし、ちょっとやそっとの傷では布が破けない。


 そうして私は部屋を出ようとすると、廊下でミレイユとばったり会う。

 

 彼女は、私の姿を見ると、少しだけ眉を下げて、困ったように微笑んだ。


「エリス様、本日もお出かけですか」

 

「うん。でも、約束は守るわ。危ないことは絶対にしないし、陽のあるうちに必ず帰ってくる」

 

「……存じております。ですが、どうか、お気をつけて」


 ミレイユはそう言うと、懐から小さな水筒を取り出し、私に手渡してくれた。

 

 中には、ほんのり甘い、温かいハーブティーが入っている。


「ありがとう、ミレイユ」

 

「いえ……。いってらっしゃいませ、エリス様」


 彼女は、もう私を止めようとはしない。

 

 私の覚悟を、誰よりも理解してくれているから。

 

 その信頼が、嬉しくて、そして少しだけ、胸が痛んだ。


 私は、いつものように顔が隠れるくらいの大きなフードをすっぽりとかぶる。

 

「名ばかり伯爵令嬢」であることが街でバレると、何かと面倒なのだ。

 

 好奇の目も、憐れみの目も、今の私には必要ない。


 私は、ミレイユに小さく手を振ると、まだ眠りから覚めきらない王都の街へと、一人、駆け出していった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の依頼も、いつもと同じ薬草採集だった。

 

 もうすっかり慣れたもので、私は半日もかからずに目標数を集めきり、ギルドで銅貨五枚の報酬を受け取った。


 巾着袋が、ずしりと重い。

 

 中には、銅貨が五十枚。

 

 ついに、目標額を超えた。


 私は、換金した足で、そのまま王都の中央広場に近い、一角へと向かった。

 

 そこは、学者や魔術師、そして王立学園の生徒たちが行き交う、王都随一の「知の街」。

 

 様々な専門店が軒を連ねる、書店街だ。


 私の目的は、ただ一つ。

 

「薬草図鑑」と、「錬金術の入門書」を手に入れること。

 

 今のままの知識では、Fランクの薬草依頼をこなすのがやっとだ。

 

 これ以上を望むなら、もっと専門的な知識への投資が必要不可欠だった。


 書店街は、古本のインクの匂いと、新しい紙の匂いが混じり合った、独特の香りに満ちている。

 

 魔法の杖専門店、魔道具の工房、学者たちが集うカフェ。

 

 そのどれもが、今の私には縁のない、きらびやかな世界だ。


 その中でも、ひときわ大きく、荘厳な建物の前で、私は足を止めた。

 

 大理石で造られた、神殿のような建物。

 

 その入り口には、『王都大図書館付属書店 知恵の殿堂』という金色のプレートが掲げられている。

 

 ここが、アステル王国で最も多くの書物を扱うと言われている、最大の書店だった。


 息を呑むほどの、威圧感。

 

 一瞬、入るのをためらってしまったが、私はきゅっと唇を結び、重いガラスの扉を押し開けた。


 カラン、とドアベルの代わりに、小さな魔道具が澄んだ音を立てる。

 

 店内は、外の喧騒が嘘のように、静まり返っていた。

 

 床には分厚い絨毯が敷かれ、足音を吸い込んでくれる。

 

 天井まで届くほどの巨大な本棚が、迷路のようにどこまでも続いていた。


「すごい……」


 思わず、ため息が漏れる。

 

 本棚に収められているのは、びっしりと文字が書き込まれた、分厚い革張りの本ばかり。

 

 この世界では、書物はひどく貴重で、高価なものだ。

 

 まだ印刷技術が未熟で、ほとんどの本が一冊一冊、専門の職人によって手書きで写されている。

 

 使われている羊皮紙そのものも、高価な素材だ。

 

 つまり、「知識」は、一部の貴族や富裕層に独占されている特権階級の証だった。


 そんな貴重な本が、これほどまでに集められている。

 

 まさに、「知恵の殿堂」の名にふさわしい場所だ。


 私は、きょろきょろと辺りを見回しながら、目的のコーナーを探す。

 

 華やかな装丁の本が並ぶ「魔法書」のコーナーを抜け、難しそうな歴史書が並ぶ棚を通り過ぎた。

 

 そして、店の最も奥まった、少しだけ埃っぽい一角に、それを見つける。

 

【錬金術・薬学】


 魔法書コーナーに比べて、ずいぶんと地味で、棚も小さい。

 

 錬金術は習得が難しく、独学ではほぼ不可能なため、本も滅多に売れないのだ。

 

 その結果、この世界において錬金術は、誰もが手を伸ばす魔法に比べて、明らかにマイナーな学問となっていた。

 

 だが、今の私にとっては、どんな魔法よりも輝いて見える、希望の棚だ。


 私は、逸る気持ちを抑え、一冊ずつ、本を手に取っていった。


『高等錬金術概論 第七版』

『古代金属の錬成法について』

『ホムンクルス生成の理論と実際』


 ……どれも、今の私には難しすぎる、専門書ばかりだ。

 

 それに、値段が、おかしい。

 

 パラリと裏表紙をめくると、平気で「金貨二十枚」とか「金貨三十枚」とか書かれている。

 

 お家が買えるじゃないの、こんなの。


 私は、もっと安くて、基本的な入門書を探した。

 

 棚の一番下の段に、ひっそりと置かれていた、数冊の薄い本。

 

 その中の一冊が、私の目に留まった。


『初めての錬金術 ~鍋と魔力で作る、暮らしの秘薬~』


 これだ!

 

 いかにも、初心者向けといった感じのタイトル。

 

 値段は……「銅貨四十枚」。


「よんじゅうま……」


 高い。高すぎる。

 

 銅貨四十枚と言えば、Fランクの依頼を何回もこなさなければ手に入らない大金だ。

 

 私のなけなしの財産が、ほとんど吹き飛んでしまう。

 

 それでも、これは安い方だ。


 錬金術がマイナーなおかげでこの値段で済んでいるが、もし通常の魔法書なら、倍以上の値がついているはず。

 

 私はしばらくの間、その本を手に取ったまま、葛藤していた。

 

 これを買ってしまえば、薬草図鑑を買うお金が、ほとんど残らない。

 

 どうしよう……。


 少しだけ、中身を読んでみよう。

 

 私は、近くにあった読書用の小さな椅子に腰掛け、ゆっくりとページをめくった。

 

 書かれている内容は、非常に基本的で、分かりやすい。

 

 魔力の性質、物質の三原則、そして、簡単なポーションの作り方。

 

 これなら、今の私でも、なんとか理解できそうだ。


 夢中でページをめくっていると、ふと、近くの席から、楽しげな話し声が聞こえてきた。

 

 ちらりと視線を向けると、そこには、私より少し年上に見える、二人の少女が座っている。

 

 二人とも、揃いの、可愛らしいデザインの制服を着ていた。

 

 間違いない。


 王立ラピスフォード学園の生徒だ。


「ねぇ、アネット。この前の錬金術の課題、もう終わった?」

 

「ううん、まだよ! あの『月光花の露』の抽出、何度やっても失敗しちゃうの。先生、厳しすぎだわ」

 

「分かるー! でも、成功したら、綺麗なポーションができるんでしょ? 見てみたいなあ」


 きらきらとした、楽しげな会話。

 

 私とは、住む世界が違う。

 

 彼女たちは、当たり前のように、最新の設備と、優秀な教師の下で、錬金術を学んでいるのだ。

 

 羨ましい、という気持ちと、ちくりとした嫉妬が、胸を刺す。


 私は、彼女たちから視線を外し、再び本へと意識を戻そうとした。

 

 その時だった。

 

 少女たちの会話に、聞き捨てならない単語が混じってきたのは。


「それより、あの大変なニュース、聞いた?」

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