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失恋図書館  作者: N.H
7/12

蔵書007『おみくじ』


「今日も大吉だ!」


 朝の神社で、私はおみくじを振りかざした。これで三日連続。いいことありそう。


 私は毎朝ここに寄ってから会社に行く。駅から五分遠回りになるけど、一日の運勢を知らないと落ち着かない。


「恋愛運、『思いが通じる』だって!」


 スマホで彼氏の健介に写真を送った。


『また引いたの?笑』

『だって大吉だよ?いいことあるよ!』

『陽菜は単純だな』


 でも、そんな私が好きって言ってくれたじゃん。


 付き合って二年。健介は私の天真爛漫さに呆れながらも、優しく見守ってくれる。おみくじ信じすぎって笑われるけど、「陽菜らしい」って。


 会社についても気分は上々。大吉パワーで今日も頑張れる。


 昼休み、健介からLINEが来た。


『今夜話があるから、時間作って』


 話?もしかしてプロポーズ?いやいや、まだ早いか。でも大吉だし、いいことに違いない。


『いいよ!何時にどこ?』

『仕事終わったら、いつもの公園で』


 いつもの公園。初めて告白された場所。やっぱり何か特別な話かも。


 仕事中もソワソワして、上司に「小川さん、落ち着きなさい」と注意された。でも止まらない。大吉の日に、大切な場所で、大切な話。


 定時ダッシュで公園に向かった。


 彼はベンチに座っていた。でも、表情が暗い。


「健介、お待たせ!」

「……陽菜」

「どうしたの?顔暗いよ?」


 深呼吸をして、健介が口を開いた。


「別れよう」


 は?


「え?」

「俺たち、別れよう」


 意味が分からなかった。大吉なのに。


「なんで?私、何かした?」

「違う。陽菜は悪くない」

「じゃあなんで?」


 健介は俯いた。


「他に好きな人ができた」


 嘘でしょ。朝までいつも通りLINEしてたのに。


「誰?」

「……同じ部署の子」


 知らない人。私の知らないところで、健介は恋をしていた。


「ごめん」


 彼の「ごめん」が遠くに聞こえる。


「でも、今朝…大吉だったよ?」


 自分でも何を言ってるか分からなかった。


「恋愛運も最高で、『思いが通じる』って」

「陽菜……」

「おみくじ、嘘つかないもん」


 涙が溢れてきた。


 健介は何も言わず、立ち上がった。


「本当にごめん」


 そして去っていった。


 一人残された私は、おみくじを握りしめて泣いた。


 大吉なのに。最高の運勢なのに。何も良いことなんてなかった。


 次の朝、また神社に行った。


 もう一度引けば、違う結果が出るかもしれない。昨日のは間違いだったかもしれない。


 ガラガラと鈴を鳴らして、おみくじを引いた。


 凶。


「嘘……」


 恋愛運:『諦めが肝心』


 違う。もう一回。


 末吉。


 恋愛運:『過去にとらわれるな』


 違う、違う。


「すみません、もう一つ」


 巫女さんに百円を渡して、また引いた。


 小吉。


 恋愛運:『新しい出会いを大切に』


「違う!」


 思わず声が出た。巫女さんが心配そうに見ている。


「あの、大丈夫ですか?」

「大吉が出るまで引きます」

「おみくじは一日一回が基本ですよ」

「お願いします」


 結局、十回引いた。


 大吉は一度も出なかった。


 会社に遅刻した。上司に怒られたけど、どうでもよかった。


 健介とのLINEを見返した。


『今日も大吉?』

『陽菜の運の良さ、分けてほしい』

『おみくじより、陽菜といる方が幸せ』


 全部嘘だったの?


 次の日も、その次の日も、神社に通った。


 財布の中は百円玉でいっぱい。おみくじを引き続けた。


「お嬢さん、毎日来てるね」


 神主さんに声をかけられた。


「大吉が出ないんです」

「おみくじはね、都合の良い結果を出す機械じゃないよ」

「でも、信じてたのに」

「信じることと、依存することは違う」


 分かってる。でも、止められない。


 一週間後、ついに大吉が出た。


 恋愛運:『想い人との復縁あり』


「やった!」


 すぐに健介にLINEを送った。


『大吉出た!復縁ありだって!』


 既読はついたけど、返事は来なかった。


 でも諦めない。おみくじが復縁ありって言ってる。


 次の日、会社で噂を聞いた。


「営業の山田君、付き合い始めたんだって」

「相手、経理の子らしいよ」


 山田健介。私の元彼。


 その日、何度おみくじを引いても、凶しか出なかった。


「もう一回」

「もう一回」

「お願い、もう一回」


 巫女さんが止めに入った。


「今日はもうお帰りください」

「でも――」

「おみくじで現実は変わりませんよ」


 分かってる。分かってるけど。


 帰り道、健介と新しい彼女が手を繋いで歩いているのを見た。


 楽しそうに笑ってる。私といた時より幸せそう。


 家に帰って、今まで引いたおみくじを全部出した。


 大吉、中吉、小吉、末吉、凶。


 どれも意味なかった。運勢なんて関係なかった。


 健介は私を選ばなかった。それが現実。


 翌朝、習慣で神社に向かいかけて、足を止めた。


 もういい。


 おみくじじゃ何も変わらない。健介は戻ってこない。


 でも、素通りもできなくて、鳥居の前で立ち尽くした。


「おはようございます」


 いつもの巫女さんが声をかけてきた。


「今日は引かないんですか?」

「もう…いいんです」

「そうですか」


 巫女さんは優しく微笑んだ。


「でも、お参りだけでもしていかれたら?」


 そうだった。おみくじばかりで、ちゃんとお参りしてなかった。


 手を合わせた。


 何を願えばいいか分からなくて、ただ泣いた。


 健介のいない朝。大吉も凶も関係ない朝。


 これが私の新しい日常。


 おみくじは、もう引かない。


 現実は、紙切れじゃ変えられないから。

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