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失恋図書館  作者: N.H
13/50

蔵書013『関係ないよ』


「お母さん、今日も遅くなるから先に寝てて」


 母子家庭で育った私は、母を支えるために高校卒業してすぐ働き始めた。昼はスーパーのレジ、夜はファミレスのバイト。


 そんな生活の中で出会ったのが、同じファミレスでバイトしていた大学生の涼馬だった。


「真希ちゃん、また掛け持ち?体大丈夫?」

「平気です。慣れてますから」


 涼馬はいつも心配してくれた。休憩時間には必ずコーヒーを入れてくれて、「無理しないで」と声をかけてくれる。


 三ヶ月後、告白された。


「真希ちゃんのこと、好きになった」


 信じられなかった。大学生の彼が、高卒でバイト掛け持ちの私なんかを。


「でも、私……」


「学歴とか関係ない。真希ちゃんの頑張ってる姿が好きなんだ」


 その言葉に救われて、付き合い始めた。


 二人の時間は、私の人生で一番の幸せだった。


 大学の話を聞くのが楽しかった。私には縁のない世界だったけど、涼馬は嫌な顔一つせず、丁寧に説明してくれた。


「真希ちゃんも大学行けばよかったのに。頭いいし」

「お金ないから無理だよ」

「奨学金とかあるじゃん」

「母さん一人にできないもん」


 彼は複雑な顔をした。でも、それ以上は何も言わなかった。


 半年が過ぎた頃に、様子が変わり始めた。


 デートの約束をドタキャンされることが増えた。理由はいつも「ゼミの飲み会」「サークルの集まり」


 私には入れない世界。


「ごめん、今日も大学の友達と」

「……うん、分かった」


 本当は分かってない。寂しい。でも、言えない。


 大学生活を邪魔したくないから。


 ある日、涼馬のインスタを見たら、知らない女の子との写真がたくさんあった。同じゼミの子らしい。可愛くて、きっと頭も良くて、私とは違う世界の人。


 不安になって聞いてみた。


「あの子誰?」

「ゼミの友達。気にしないで」


 でも、気になる。


 その後も二人の時間は減り続けた。会えるのは月に数回。しかも私の仕事に合わせてもらってばかり。


「真希ちゃん、今度うちの親に会ってほしいんだけど」


 突然の提案に驚いた。

 親に会う。

 それって結婚を考えてるってこと?


 期待と不安を抱えて、涼馬の実家に行った。


 立派な一軒家。両親は優しそうだったけど、私の経歴を聞いた途端、表情が曇った。


「高校卒業してすぐ働いてるの?」

「はい。母を助けたくて」

「そう……立派ね」


 お母さんの「立派ね」は、褒め言葉じゃなかった。


 帰り道、涼馬は黙っていた。


「ごめん、なんか雰囲気悪くしちゃった」

「真希ちゃんは悪くない」


 でも、それ以降、親の話は出なくなった。


 年末、「話がある」とLINEが来た。


 会ったのは二週間ぶり。彼はやつれていた。


「実は……親に反対されてる」


 予想してた。でも、実際に聞くとショックだった。


「学歴も違うし、家庭環境も違うって」

「それで?」

「俺は真希ちゃんが好きだ。でも……」


 でも?


「就職も決まって、これから社会人になる。親とも上手くやっていきたい」


 つまり、私を選ばないってこと。


「大学の同期の子と付き合えって言われてる」


 ああ、あのインスタの子か。


「真希ちゃんといると楽しい。でも、将来を考えると……」


 もう聞きたくなかった。


「分かった。別れよう」

「真希ちゃん……」

「私じゃ、涼馬の足引っ張るもんね」


 涙が出た。悔しくて、悲しくて。


「そんなこと思ってない」

「でも、結果は同じでしょ」


 涼馬は何も言えなかった。


 最後に、一言だけ残していった。


「真希ちゃんは素敵な人だ。もっと相応しい人が現れる」


 相応しい人。つまり、同じ高卒の、同じような環境の人。


 涼馬と私は、最初から住む世界が違ったんだ。


 別れてから、私はバイトに打ち込んだ。考える時間を作りたくなかった。


 でも、ファミレスで大学生のグループを見るたび、胸が痛んだ。楽しそうに話す人たちを見て、私には入れない世界だと改めて思い知る。


 母に話したら、「真希には勿体ない男だった」と言ってくれた。でも、本当は逆。私が涼馬に相応しくなかった。


 三ヶ月後、偶然彼を見かけた。隣にはあのインスタの子。


 二人とも就活スーツで、きっと同じ説明会の帰り。手を繋いで、幸せそうに歩いてる。


 お似合いだった。同じ大学、同じような家庭、同じ未来を歩める二人。


 私は今日もレジに立ってる。


「いらっしゃいませ」


 笑顔で接客しながら、心の中で泣いてる。


 恋愛に学歴は関係ないって、嘘だった。


 家柄も、環境も、全部関係あった。


 私を好きだと言ってくれた。

 でも、好きだけじゃ越えられない壁があった。


 今でも涼馬のコーヒーの入れ方を覚えてる。


 でも、もう飲むことはない。


 私は私の世界で生きていく。


 ただ、時々思う。


 もし私も大学に行けてたら、違う結末があったのかなって。


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