蔵書013『関係ないよ』
「お母さん、今日も遅くなるから先に寝てて」
母子家庭で育った私は、母を支えるために高校卒業してすぐ働き始めた。昼はスーパーのレジ、夜はファミレスのバイト。
そんな生活の中で出会ったのが、同じファミレスでバイトしていた大学生の涼馬だった。
「真希ちゃん、また掛け持ち?体大丈夫?」
「平気です。慣れてますから」
涼馬はいつも心配してくれた。休憩時間には必ずコーヒーを入れてくれて、「無理しないで」と声をかけてくれる。
三ヶ月後、告白された。
「真希ちゃんのこと、好きになった」
信じられなかった。大学生の彼が、高卒でバイト掛け持ちの私なんかを。
「でも、私……」
「学歴とか関係ない。真希ちゃんの頑張ってる姿が好きなんだ」
その言葉に救われて、付き合い始めた。
二人の時間は、私の人生で一番の幸せだった。
大学の話を聞くのが楽しかった。私には縁のない世界だったけど、涼馬は嫌な顔一つせず、丁寧に説明してくれた。
「真希ちゃんも大学行けばよかったのに。頭いいし」
「お金ないから無理だよ」
「奨学金とかあるじゃん」
「母さん一人にできないもん」
彼は複雑な顔をした。でも、それ以上は何も言わなかった。
半年が過ぎた頃に、様子が変わり始めた。
デートの約束をドタキャンされることが増えた。理由はいつも「ゼミの飲み会」「サークルの集まり」
私には入れない世界。
「ごめん、今日も大学の友達と」
「……うん、分かった」
本当は分かってない。寂しい。でも、言えない。
大学生活を邪魔したくないから。
ある日、涼馬のインスタを見たら、知らない女の子との写真がたくさんあった。同じゼミの子らしい。可愛くて、きっと頭も良くて、私とは違う世界の人。
不安になって聞いてみた。
「あの子誰?」
「ゼミの友達。気にしないで」
でも、気になる。
その後も二人の時間は減り続けた。会えるのは月に数回。しかも私の仕事に合わせてもらってばかり。
「真希ちゃん、今度うちの親に会ってほしいんだけど」
突然の提案に驚いた。
親に会う。
それって結婚を考えてるってこと?
期待と不安を抱えて、涼馬の実家に行った。
立派な一軒家。両親は優しそうだったけど、私の経歴を聞いた途端、表情が曇った。
「高校卒業してすぐ働いてるの?」
「はい。母を助けたくて」
「そう……立派ね」
お母さんの「立派ね」は、褒め言葉じゃなかった。
帰り道、涼馬は黙っていた。
「ごめん、なんか雰囲気悪くしちゃった」
「真希ちゃんは悪くない」
でも、それ以降、親の話は出なくなった。
年末、「話がある」とLINEが来た。
会ったのは二週間ぶり。彼はやつれていた。
「実は……親に反対されてる」
予想してた。でも、実際に聞くとショックだった。
「学歴も違うし、家庭環境も違うって」
「それで?」
「俺は真希ちゃんが好きだ。でも……」
でも?
「就職も決まって、これから社会人になる。親とも上手くやっていきたい」
つまり、私を選ばないってこと。
「大学の同期の子と付き合えって言われてる」
ああ、あのインスタの子か。
「真希ちゃんといると楽しい。でも、将来を考えると……」
もう聞きたくなかった。
「分かった。別れよう」
「真希ちゃん……」
「私じゃ、涼馬の足引っ張るもんね」
涙が出た。悔しくて、悲しくて。
「そんなこと思ってない」
「でも、結果は同じでしょ」
涼馬は何も言えなかった。
最後に、一言だけ残していった。
「真希ちゃんは素敵な人だ。もっと相応しい人が現れる」
相応しい人。つまり、同じ高卒の、同じような環境の人。
涼馬と私は、最初から住む世界が違ったんだ。
別れてから、私はバイトに打ち込んだ。考える時間を作りたくなかった。
でも、ファミレスで大学生のグループを見るたび、胸が痛んだ。楽しそうに話す人たちを見て、私には入れない世界だと改めて思い知る。
母に話したら、「真希には勿体ない男だった」と言ってくれた。でも、本当は逆。私が涼馬に相応しくなかった。
三ヶ月後、偶然彼を見かけた。隣にはあのインスタの子。
二人とも就活スーツで、きっと同じ説明会の帰り。手を繋いで、幸せそうに歩いてる。
お似合いだった。同じ大学、同じような家庭、同じ未来を歩める二人。
私は今日もレジに立ってる。
「いらっしゃいませ」
笑顔で接客しながら、心の中で泣いてる。
恋愛に学歴は関係ないって、嘘だった。
家柄も、環境も、全部関係あった。
私を好きだと言ってくれた。
でも、好きだけじゃ越えられない壁があった。
今でも涼馬のコーヒーの入れ方を覚えてる。
でも、もう飲むことはない。
私は私の世界で生きていく。
ただ、時々思う。
もし私も大学に行けてたら、違う結末があったのかなって。




